2017年08月22日

PR広告 掲示板 宣伝

広告.JPG
@
上の写真は胎内市が新しく建てた「美術館」前の掲示板です。

この美術館は「胎内市」立なのですが、
「胎内市」は約10年前に中条町と黒川村が合併して出来た
新しい自治体の名前です。

掲示板の左側に掲示されている広告にある「祭り」は
旧中条町の時には「町」のメインとも言えるお祭りでした。

今日では「胎内温泉まつり」と言うのが
旧盆の日時にあったので、そのお祭りと区別するためには
「中条」という地名は外せないという事情もあるようです。

しかし、胎内市の新参者には
今更、「中条」まつり、というネーミングは無いだろうと思えます。

「いいや!」
「伝統のお祭り、なのだから「名前」は変えられない」
という事なのかも知れません。

「平成の大合併」で出来た新しい自治体は
全国にいっぱいあるので、そうした問題がいっぱい、あるんだろうなァ、
と思わされます。

新しい「胎内市」は
工業の、中条町
観光の、黒川村、と言われていたそうです。

ある意味では観光の‘目玉‘の無い町「旧中条町」にとっては
自治体としては収入に乏しい「お荷物」の村(旧黒川村)であっても
併せてみれば「お荷物」が観光資源でもあった、という事
のようにも思えます。

新しい「美術館」はその
旧黒川村の地に在る「道の駅」に建てられています。

「道の駅」の登録指定を受ける為には
おおよそ、隣の「道の駅」から10`離れているという
基準に合っている必要があるそうです。

そんな「道の駅胎内」はたまたま旧黒川村が造ってあった
「樽󠄀が橋」という観光スポットを利用した施設でもあります。

国道からおよそ1`外れたところに在るとはいえ、
車で立ち寄るにはそれほど不便ではないかも知れません。

そんな「道の駅」は全国に1100件もあるそうですが
それぞれに個性的な施設になっているそうです。

近年はその「道の駅」巡りをする人達がいるほどの
レジャースポットの一つになっているそうです。

旧建設省の「金は出すが、口は出さない」という
お役所としてはめずらしい‘傑作‘な施設造りを
企画した事が当たったと、思います。

「笛吹けど踊らず」という企画はけっこうあるようですから・・・。

「笛吹けども躍らず」とは
企画した人の意図どおりに人々が反応しない事をいうそうです。

その格言は新約聖書の中にある言葉なのだそうですが
日常に使う格言にキリスト教の「聖書」がからんでいるとは
知りませんでした。

道の駅胎内c.JPG 食堂のメニュー.JPG
A
元々は何の施設だったのか判りませんが、
今年になって、ようやく、旧黒川村が建ててあったのを改修した
「里山食堂」が出来ました。

「道の駅」に食堂、レストランが無い例は少ないので
「道の駅胎内」にも、ようやく、とオイラには思えました。

「里山食堂」というネーミングにしては
メニューの価格が‘田舎‘らしくない。
観光地価格のように思うのはオイラだけでしょうか

道の駅胎内b.JPG
B
この施設では
縄文時代のような「火熾し体験」が出来るそうです。

マッチやライターなどを使わず「火」を熾おこすのは
かなり、大変な事、だという事が分かる体験だ思います。

因みに、無料で体験できるそうですから、
アナタも機会があったら是非、やって見て下さい。

人間が他の動物と分ける大きな違いは
「火」力を自由に扱える事にあるそうです。

現代的な器具を使わず「火」を熾おこす事、は人類の「遺伝子」に組み込まれた
本能を呼び起こす体験にもなる、ように思います。



posted by 大城茂櫻 at 04:30| 新潟 ☁| Comment(0) | 時事,写真.格言。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月21日

道の駅、客寄せ

@                         @ーb
写真@は胎内市美術館です。
2016年4月オープンの建造館。

お役所が行う工事の事を公共工事といいます。
社会経済の活性化には必要な工事なのだそうです。

有名な「エジプト」のピラミッドなどがその公共工事の代表例とも
言われています。

たかが王様のお墓に、、、とも思われますが
経済活性化のために行われたとも言われてもいます。

ほんとにそう、なんでしょうか?
結果、後付けの理屈ではないの?という声もあります。

ホントは行政の利権、威信を示すための工事なのだが
莫大な資金が動く事で
「金は天下の回り物」と言う理屈を、後からつけたに
過ぎない、という事なのではとの声もあります。

利権⇀土木建築会社から見えないリベートが土地の「長」に入る。
威信⇀俺が建てた、という・・・「長の金ではなく」税金で建てた。

トイレ.JPG
A
近代的な技術で建てらた和風の建物「美術館」に併設された
公衆トイレです。

写真Bのトイレを閉鎖してこの建物の一角にトイレを移動したようです。

トイレb.JPG
B
観光地、伊豆のほうに3000万円もの建築費を掛けたことで
物議をかもした公衆トイレがあった。

このトイレはそれほどの建物ではないようですが。
でもコンクリート造の立派な建物です。

建てた時も結構かかったと思わるが
解体するにもコンクリート造は費用がかかるのでたいへん...。

入口に階段があり、北側にあるので(ドアがなく風雪雨が内部に入り込む等)
特に雪の降る季節は利用しにくいだろう、と思われていました。

こうした施設は「道の駅」と登録された敷地の中にある。
最近は大変な「道の駅」ブームなようです。

1991年に「山口、岐阜、栃木」県で実験的に建てられたそうですが
入口が閉鎖されているので現在は利用できないようです。

写真Aの標識がある所は入口が南に面していて、スロープ通路のある
トイレになっています。

公衆トイレという文字はどこにもありません。
トイレのマークに車椅子のマークは良く知られたマークのようです。

写真で紹介した施設は「胎内市道の駅」の敷地の一角にあります。

「道の駅」は車社会が産んだ‘傑作‘とも思えます。

「道の駅」が初めて造られた当時は「建設省」というお役所が
する事には問題が多いのでは、との意見もあったようです。

聴いたところによると
「建設省」は建物の整備などの資金はほぼ全額出すが口は出さないと言われて
いました。

運用、運営などは自治体など、その地域の事情に合わせて自由に
使っていい、という事があって、人気が高まってきたようです。

20017年には全国で1.100件を超えるくらいにまで設置されているそうです。

お役所仕事と言われる言葉の多くはあまり
いい意味では使われていません。

しかし「道の駅」に関する限り
「金は出すが口は出さない」式の考え方は民主主義の概念が活かされた
事業の、ように思います。

実験的に、と言われていたと思われ岐阜県の「道の駅」に立ち寄った記憶が
あります。

当時は「駅」とは「国鉄の駅」に代表された鉄道の列車に乗り降りする
為の施設なのに「道」に「駅」?、と思っていました。

しかし24時間利用できる街道沿いの休憩所(トイレ等)が在るのは
車で移動することが多い人には非常に重宝な事でした。

高速道路には全国どこでもサービスエリア、パーキングエリアが
あるのに一般の街道には無かったのです。

現代は、車社会になっているから、とも思えますが。










posted by 大城茂櫻 at 02:53| 新潟 ☁| Comment(0) | 時事,写真.格言。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月20日

紋所 フヨウとアメリカフヨウ&モミジアオイ。

@                                 コピペ画像、モミジアオイ。 

フヨウ アメリカフヨウb.JPG
コピペ画像、フヨウ。                Aアメリカフヨウ。

上の写真@とAは同じ花です。

花の好きな人でも、植物についての造詣(知識等)が深い人でないと
見分けるのが簡単ではない場合が少なくないものです。

植物の見分け方のコツの一つに 
その葉っぱの形の違いを覚えるという事があります。

オイラが撮った上の写真@とAは花に気がいっているので
葉っぱの形が確認しづらいですが。

よく観るとこころなしか、違うように見えます。

1.「アメリカフヨウ」は草フヨウとも呼ばれている事を覚えるのも
 参考になるかもしれません。
 つまり、同じフヨウの仲間でも「草」の部類、という事でしょうか?
 葉っぱの形は全体的にがとんがっていて切れ込みが無い、という
 特徴があるようです。

2.「フヨウ」は上記「アメリカフヨウ」が草の仲間であるのに対し
 木フヨウと呼ばれているそうです。
 草に対し「木」という事なのですが...。 

※ 「草」「木」の仲間という言い方をしていますが
 植物学的には「アオイ」の仲間だと言われています。

 それでは「アオイ」ってどんな花でしょうか?

 良く知られている言葉、セリフに
 「この紋所が目に入らぬか!」と言うのがあります。

「フヨウ」はその「葵あおい」同じ仲間なんですね。

だんだん分からなくなってしまいましたが。
 ↑コピペ画像。

その葵の家紋に、コピペ画像のようなバリエーションがある、という事を
知っている人は少いのではないでしょうか?

あまり知りませんが「徳川御三家」というのは聞いた事があります。
いわゆる「徳川家」の間で上のコピペ画像のように微妙に違う
「家紋」を作って使い分けられていたそうです。

上の「家紋」のバリエーションには四つの違いがあります。

家紋のデザインに興味のある人でも上の四つのどこがどう違うのかを
説明できるほど詳しく見た人は少なくないのではないでしょうか?

「双葉ふたばアオイ」と言う植物の葉っぱが三つ葉アオイのデザインの元で
神社のマークが「巴ともえ」で在る事から、巴の三つにかけてデザインにした
「三つ葉葵」なのだそうです。

「フヨウ」が「アオイ」の仲間という事は置いといて
「アオイ」と言う花がどういう花なのか、調べきれませんでした。

「タチアオイ」と言う花はよく見かけているので分かるのですが・・・。





posted by 大城茂櫻 at 04:58| 新潟 ☁| Comment(0) | 時事,写真.格言。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月19日

稲 米 寿司 商売

穂立ちa.JPG
@
出穂(しゅっすい)
稲に実が出来る時の様子です。

お米に成る前は稲といいその花の事を稲穂とよぶ。
お米作り(稲作)にかかわりのない文化だとそうした呼び分けの
意味が分からない事が多いと思われます。

この出穂時季に台風などの強風にあおられると
結実しない事が多いそうです。

つまりお米に成れないという事です。

稲穂とはお米の花が授粉する、授粉した状態の事とも
言えるでしょうか。

写真@はまさに稲の花、そのものですね。

花が授粉(交配)に成功すると
稔り、実の入りという事です。

「稔るほど首こうべを垂れる稲穂かな」と
詠われるのはこのことを指しています。

いわゆる、実の入りが悪いと写真Bのように
大きく稲穂が湾曲する事が少なくなるのです。

帆立ちb.JPG
A
こちらの稲は授粉に成功した模様です。

稲穂.JPG
Bこうべをたれる・・・。

こちらの稲は
写真@Aの田んぼではありません。

写真@、Aの田んぼはオイラの住まいの近くの状態です。
田植えの日に違いがあったようです。

稲作には「早稲わせ」とか「晩生おくて」と言う違いもあるようですが
そうした違いではないように思います。

写真Bはオイラの住まいから30`近く離れた新発田市の田んぼのモノです。

同じ日に写真を撮っています。
明らかに「稔り」の違いが分ります。

「早稲」と言うのかどうかは分かりません。

新発田市は胎内市の西にあるので陽気に若干の違いがあるので
「早稲」なのかも知れません。

「稔るほど・・・」を地で行くような稲になっているように見えます。
収穫が楽しみでしょうね。

寿司皿.JPG
C お米の国ならではの食べ物の代表はこれ。

日本人の一番の「ごちそう」は「お寿司」だそうです。

若者の米離れとか魚離れとか言われていても
「お寿司」は別モノなようです。

お寿司屋さん.JPG
D
写真Cは「回転すし」時代を象徴した「お寿司」用の皿に
載った「イクラ」「マグロ」などの「お寿司」ですね。

「回転すし」が日本の「お寿司」文化を変えた、とも言われています。

食べたいけどなかなか手が出ないのも寿司屋さんの「お寿司」でした。
「ハレ」の日などに「出前」でないと「勘定」が心配と
言われていた時代もありました。

そんな「お寿司」が気軽に食べらるようになったのは
「回転すし」のおかげでした。

ひところは「回転すし」は安かろう...寿司、の代名詞のようにも
言われた時代がありました。

それでも「回転すし」人気はうなぎのぼり、でもありました。

経済社会の‘競争原理‘が働いたのです。

お寿司の載った皿が順々に回ってくるので「回転すし」なのですが
ついに写真Dのような「回転しない」「回転すし」が登場しました。

「お寿司」は「ネタ」のほとんどが魚介類です。
なので、新鮮さがウリになっています。

その新鮮さゆえの「時価」相場が問題でもありました。

現代でも飲食店の一部で値段のところに「時価」と表示されている
メニューを見かける事があります。

その「時価」ゆえに「寿司屋」の勘定に
危ない、ところがあったのです。

「寿司屋」は、人の顔色、懐具合を見ながら値段をきめる、という
「ヤクザ」な商売とも見られていました。

食べる人にとって「回転すし」の最大のメリットは
いくら喰ったかが自分でおおよその「勘定」ができる事にあります。

「明朗会計」という事ですが
「時価」メニューだとその「会計」「勘定」が気になります。

こうした「時価相場」の魚を「明朗会計」で売れるようにしたのが
「回転すし」でした。

「回転しない」寿司屋では
あの「ヤクザ」な「寿司屋」に戻るようですが・・・。

それでも売れるような「システム」の時代が始まっているようです。

「新鮮ネタ」
「安い」
「明朗会計」

このような事はお店に「信用」と実力が無ければ、
出来ない相談、かも知れません。










posted by 大城茂櫻 at 01:53| 新潟 ☁| Comment(0) | 時事,写真.格言。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月18日

晩夏の花たち 中山間地 寒冷地

アメリカフヨウb.JPG
@
こちらは我が家のアメリカフヨウ。
今年もりっぱな桃色で咲きました。

桃色→ピンク色でした・・・。
もちろん毎年同じ色のようですが。

タンポポもどき.JPG  
Aタンポポもどき。
ピンボケ...。

ツユクサ.JPG
Bツユクサ。
こちらはピントはふつう。

ヒメジョオン.JPG
Cヒメジョオン。
ピンボケ...。

きんしょうばい.JPG
Dきんしょうばい。
こちらはピントはふつう。

写真Dの花は「錦松梅」という名前で憶えているのですが
ネット検索では同じ呼び名ではぜんぜん表示されません。

オイラの記憶違いなのかも知れませんが「きんしょうばい」は「錦松梅」と言う名の
有名な「佃煮」の製品名らしいのです。

「この花の名前、分かる人、いませんかー!」

写真A〜Dは近くの野の花たちです。
13`離れた市街地では「ムクゲ」の花が満開の時季を過ぎていますが
おらん家の「ムクゲ」はようやく蕾が出てきたところです。

13`と言う距離はたいした事は無いように思いますが
中山間地に13`も入ると草花たちにとっては山の中なんですねぇ・・・。

オイラが大好きな「サクラ」の花も市街地より
半月からひと月近く遅い開花です。

こうした事を書かなくても済んでいる家の周りを見渡せば
山、山、山なので当たり前、なので、今更、ではありますが・・・。

オイラがこのように書いたら「たいした山奥じゃねぇじゃん」と
東京在住の知人に言われた事がありました。

山奥、とは言っていませんが。
盛んに中山間地、山ん中、林の中、裏山というような表現をしているので
山奥に居る、ような言い方、に受け取られてしまっています。

そう、たいした山奥ではないけれど
山の中である事には変わりはありません。

市街地との距離は大した事ではないのに
気候に違いがあるのは
やはり周りが山だからなのだと思います。

俗に日本海側に面したところは裏日本とか、
鳥取県島根県あたりは山陰地方という呼ばれ方をするくらいですから

日本列島の高い山脈の北側でも平野部と中山間地とでは
気候が違って当然なのかも知れません。

「地図の画像」の画像検索結果
おもしろい?不思議な日本地図の画像がgoogle検索で見つかりました。
棒線で表示された文章が妙な説明になっています。
「ネット情報」が個人の自由意思で表現され公開されている、というのが良く分かる地図でもありますが。


オラん家の周りが山々、山と言いましたが
13`離れた平野部の市街地から当地にたどりつくには
たいした坂道はないのだけど山に囲まれた道路を通って行くからでもあるのです。

どんなところなのか、文章で表現してみましょう。

胎内市の旧中条市街地から国道7号線を村上方に進みしばらくして国道から
右に入ると
右に「白鳥山」左に「高坪山」がある道路(県道53号)があります。
その道を通ります。
白鳥山」の標高は1287m、高坪山の標高は558m。
県道53号途中の交通信号、国道290号を左に曲がります。

左側に「高坪山」を見ながら4`くらい行きます。
国道290号を4`くらい行った所を右に入ります。

国道を右に入った道路は県道494号。
その県道を300mほど行った左にある市道を左に、

そしてその市道を50m行き今度は私道の坂道を右に50m...。
(具体的な地理を表現するのは控えています)

たいそうな山ではないけれどわが家の北西側の
「高坪山」は南北に7`くらいあります。
その山が
日本海側平野部との気候を遮っているように思われます。

この「高坪山」がある事で
日本海側の冬の風雪をさらに強いものにしているのではないかと
オイラは思っています。

山の中、の我が家はそうした地にあるのです。




posted by 大城茂櫻 at 03:24| 新潟 ☁| Comment(0) | 時事,写真.格言。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月16日

郵便ポスト 切手 運賃

〒a.JPG
@
いつの頃か郵便ポストが全面的に円柱型から箱型に変わろうとした時代があった。

郵便ファンの熱烈な反対の声があって
かなりの円柱型のポストが取り替えられずに残っています。

郵便局も国鉄同様に
売り上げより経費の方が多すぎて、赤字続きのお役所だったという。

国が管理していると商売はうまくいかない事が多かったようです。
経済の景気がいい時代は何とかなっていたようだが...。

収支の赤字が膨れあがるにつれ、
国営事業の「民営化」という事が時代の流れになった。

国鉄は「JR」となって民営化された。

競争原理が活かされない分割民営化で、特に北海道の場合は
上手く活性化していない、とも言われています。

鉄道の場合は国営、僻地に限らず
バスや自家用車との競合、競争に対抗できずに「廃線」に
成る例もかなりあると言われています。

そんな中、民営化後の時代の変化で
旧NTT.は競争原理の働かない東西分割という
ワケの分からない民営化をしています。

民営化後の株がIT.時代のおかげで異常な高値になった事がありました。
東日本、西日本へのと会社機能を分割しました。

そのおかげでお客へのサービスやシステムまで別々にしています。

システム等の変更などのいい例は
東京の人が大阪に引っ越しをする時です。

インターネット回線の契約を変更しなければならないことがあります。
引っ越し手続きの時に、単純な引っ越しなのに、解約、新規契約、という
面倒な手続きをしないといけないのです。

「住民票」の移動と違って、住所の変更届けだけでは済まないのです。

NTT.のアタマに東が付いているか西がついているかだけの違いで
契約を変える必要があります。

俗にライフラインと言われている
電気
ガス
水道
等とは手続きが違うのは「IT.」通信事業という事にも理由があり
そうですが。

〒b.JPG
A
細い国道沿いにある僻地の零細郵便局の
ポストと看板です。

零細とはいえ、特定簡易郵便局ではありません。
れっきとした大郵便局の支局なのです。

夕景c.JPG
B
郵便局の支局とは言え、
郵便局が営業を終えると「ATM.自動現金受け払い機」の
稼働も止まります。

郵便局の社員が定時で退社するため
「ATM.」の管理が出来ないからだと思われます。

郵便局長と事務員の2人だけの営業で
住居付きでない事にも理由があるようです。

オイラは人付き合いが苦手なタイプです。
そんなんでも少しは年頭ご挨拶の年賀はがき程度は出しています。

「年賀はがき」とか「暑中お見舞いはがき」などは
1年に1度しか出す事はありません。

沖縄県では旧暦での歳時がまだ残っているので
お正月が2回ある、ようなところもあるのだとか。

だからといって2回も年賀状を出す人はまずいないと思います。

そんな年賀状に限らず
今、オイラが向かっているPC.のキーボードを叩く事で
通信(eメール)が出来てしまいます。

「スマホ」でも「アケオメ、コトヨロ」…などと
変な略語での年賀挨拶をする人がいる、と言われるくらいです。

そうした事もあって郵便事業はさらに商売がたいへんな
時代になっているそうです。

俗にIT.はデジタル通信とも言われていますが
パソコンも本来はデジタルの分野だったはずですが
「スマホ」登場でアナログ的な扱いになっています。

そんな「スマホ」を持つと
PC.の回線契約と重複するので通信費がほぼ2倍になります。

なので、
普通のオイラは携帯(ガラケー、パカパカ携帯)も在るので
「スマホ」には手が出ません。

第一、「スマホ」は老眼のジジイには小さい画面は
取扱いが面倒なだけでなく、一目瞭然的視野がもてないので嫌いです。

「郵便画像」の画像検索結果
そんなこんなの中
今年も天候不順の天気の最中に
「残暑見舞い」はがきの作成を思いついた。

必要でもないPC.の「初期化」をした事があったので
必要ソフトのファイルの一つが削除されていた。

「筆ぐるめ」もその一つでした。
「筆ぐるめ」には大事な「住所録」が保存してありました。

こうした「アドレス帳」ファイルが消えるトラブルは3度目なのに
別個にバックアップ保存する事をしていなかったのです。

オイラは「塀の中」ならぬ「PC.前の懲りない面々」の一人なのです。

最早、懲りる以前の「アホ」「ボケ」「カス」なので
今更、、、という次元なように思って開き直っています。

そうした事で折角以前のパソコンに内蔵されていた
「筆ぐるめ」を有料でインストールするのもどうかと思いました。

なので「フリー」のソフトを探していたら
見つけました。

郵便局が公開している「年賀状」作成のフリーソフトがありました。

「住所録」が造れるなどフリーの「はがき」作成ソフトとしては、
充分の機能をもっているように思います。

「年賀状」作成ソフトはフリーしてあっても
郵便局の「はがき、切手」等が売れる販売促進ツールになっているように思われます。

こうした事は他の事業、商売にも活かされるのが
普通になっていくように思います。

自動車の「自動運転ソフト」が世界を変えるかもしれないというのと
同じような事かもしれません。

因みに「自動車運転の自動化」は
タクシー、宅配、スーパー、コンビニ等の仕事にも応用できる事なので
完全な「自動化技術」は世界を変える可能性が大きいと
考えられています。

そうした時代にオイラはこの世には居ないと思いますが...。


若い時は都会で働き、定年になったら田舎へ Uターンしたいという話は沢山聞いた。
しかし 誰も帰ってこない。
それよりも、年老いた親を 都会へ呼ぶケースが多く、田舎は益々寂れる。  

                                           松本宗和氏のブログより
車の自動運転化は、色々なモノを自宅まで届けてくれたり
 車が行きたいところに連れていってくれる時代になる可能性があります。

 上記ブログのように松本氏が嘆いているような「過疎化」とは何だったんだろう、
 という時代が来るかもしれません。









posted by 大城茂櫻 at 17:21| 新潟 ☁| Comment(0) | 時事,写真.格言。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

現世御利益 宗教 信教 崇拝

                              アメリカフヨウ.JPG

                                             ↑一日花→花の命は短くて、、、。

[現世御利益]

日本人が神社仏閣でお祈りしていると言われている事例の用語は以下のように多彩です。


大願成就、良縁成就、家内安全、健康幸福、商売繁昌、厄除開運

合格祈願、学業上達、立身出世、五穀豊穣、福徳開運、豊漁祈願

海上平安、安産祈願、子孫繁栄、交通安全、無病息災、恋愛成就


生きている現実を変えて欲しい、生きている間に叶えて欲しい

いきている時に得られる利益を願っています。


この事が「現世御利益」と呼ばれていいます。

仏教、宗教用語の一つですね。


宗教がいくら「あの世」「永遠の命」を説いても、

生きている現実の生活が何よりも一番大事だと考えている証拠とも言われています。


八百万(やおよろず)の願いを祈るほとんどが「現世御利益」である。

日本人は宗教信仰的に節操がない民族と言われる理由の一つでもあります。


人間はどんな民族であっても、

災いのない、幸せな日常生活を求めるのが普通だと思います。


そのような平安な生活を祈願する内容も二通りに分れているのではないかと考えられます。


1.現在の幸せがいつまでもつづきますように...

2.苦しみ悩みが解决して幸せになれますように...


[祖先崇拝]


 日本人の宗教に関する特徴は

 人は死んで先祖になり

 先祖はやがて神になる。

 ということを自然に信じてきたと言われています。


「神」とは「自然」の事であり「宇宙の法則」と‘同義‘とも考えられます。


宇宙の法則には1神教でいうところの永遠の命、というのはなく 生まれては滅びる、

という再生がループ状に繰り返されている

命を活かす、システムがあるのだと考えられています。


再生とはまったく同じことの繰り返しの事ではなくループ回転のように

変化しながらの進化(元に戻る事ではないので進化)する繰り返しの事である。


「キリスト画像」の画像検索結果 「アラーの画像」の画像検索結果

↑コピペ画像


命を活かすシステムの宇宙の法則には

「キリスト」「アラー」と言った1つの神を信じる宗教とは

大きな違いがあるように思います。



「1神教」は偶像崇拝という信仰のような思想とも言えるように思います。


どんな思想も「拘り」が強いと争いの元になると思います。

ほどほどにしたいと思います。


争いは口論、議論ならいいが暴力が伴って

殺し合いに成る場合もあるのでいけません。


より良く生きて行くための議論が、殺し合いになるほどの

争いに発展させては論外だと思います。


「ほどほど」と「お茶を濁す」のとは大きな違いがあるように

思います。

玉虫色のような「ほどほど」「適当」と言うのは難しい事ですが。














posted by 大城茂櫻 at 02:00| 新潟 ☀| Comment(0) | 時事,写真.格言。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月15日

あちら 現世 命 石と遺志

アメリカフヨウ.JPG
@
命のはかなさ、の代表は植物の花かも知れません。
アサガオなどは
一日ともたない、半日の命なのです。

写真@のアメリカフヨウもこれだけ派手に咲いているのに
一日花、と言う部類ですものねぇ。

墓石b.JPG
A
命と言えば、人の場合は
人間と言う言葉があるように、人と人との関わり合いながら
生きているのが普通です。

人は、一人で生きられるものではない、とも言われています。

少なくとも、そうした関わりの中で人は命を終えると
写真Aのような墓石の中に埋葬される事が多いですね。

埋められて葬られるわけでは無くても「埋葬」というのは
「下駄」が一足も入っていない「下駄箱」のような言い方にも似ています。

そんな事はどうでもいいのですが
その「埋葬」の仕方が色々に変わり始めているようです。

先ずは墓石のデザイン、これは故人に関わりのある人の考え方によっても
違いがあるようです。

写真@は「還」という文字が刻印されています。
よく土から産まれ土に還るとも言いますが
あの世に還る、という事なのでしょうか?

故人の名前が刻まれた墓石は特殊、だというのが
不思議な感じがします。故人を偲ぶためにあるはずなのに・・・。

墓石.JPG
B
この墓石の刻印文字の意味はよくわかりません。

墓石の形は普通、の感じになっているのに...。

遺族の人に何かの拘りがあっての刻印なのかも知れません・・・。

ぼせきd.JPG
C
昔の墓石は
土葬の時代には文字通り埋葬された後に河原で拾って来た石を
置いて目印代わりにしていたそうです。

そんな名残りのような、形ですが、
河原で拾ってきた石ではないぞとばかりに
キレイに磨かれ、立派な「戒名」が二つ、刻印されいます。

刻まれた「戒名」は
おじいちゃん、おばあちゃん又はお父さん、お母さんのいずれかでしょうね?

「戒名」がないと「故人」は往生、できない、という「仏教」の
商売根性丸出しの「教え」があるせいだと思われます。

「戒名」には全く縁のない「キリスト教」や「イスラム教」の国の人は
みんな浮かばれない人達、という事になるんでしょうね?

因みに
戒名のつけ方にはほとんどに決まりがある聞いた事があります。
男の人だった場合は「○○○○居士」
女の人だと「○○○○大姉」といった決まり事、だそうです。

そして、○○○○の中に故人の苗字の一部を入れる事が多いのだとか。

生前の氏名(名前)が刻まれないのは
人は死んだら「俗界」から離れ「仏」になるからだと言われる事もあります。

「葬式仏教」は手の込んだ営業演出をするものですね・・・。

戒名をつけると、葬儀、お布施費用とは別に戒名代という費用がかかるとも
言われています。

良心的なお坊さんの中には「お布施」費用に含まれている、ので
別途の費用ではない、という人もいるようですが・・・。

ぼせきc.JPG
D
の墓の刻印が代表的な文字の例ですね。
「先祖代々之墓」「○○家之墓」というのが長く使える刻印だからだと考えられます...。

お隣の国は国土が広いとは言っても
人口が日本の10倍もいるので、墓石を家族単位で建てても
その総数は半端じゃない、と言われています。

寺院などでは、個々に建てるのはもちろん、墓石、墓標はそれを代々祀る事が前提です。
遺族など、後に続いて祀ってくれるく人がいなくなれば「無縁仏」という事で
墓石は処分されるそうです。

いずれにしても
この墓石などは「故人」の遺志とは、関係ない場合が少なくなくありません。

故人の遺志が及ばないのならと、
なぜか「生前墓」を建てると「縁起」がいい、という「伝説」がつくられています。

その伝説のせいか、子供達はこの墓石の面倒を見てくれないかも知れないけど
一応墓石を建てておきたい、という人はけっこういるそうです。

オイラは「現世御利益」主義なので
死んだ後はどうでもいい、と思っています。

どうでも、というより、死んでしまったら、
本人の「遺志」ではどうもならない、という現実があるのです。

あの「仏陀」は、葬式は一切するなという遺言を残していたにもかかわらず
「弟子」たちが勝手に、しかも派手な「葬儀葬式」を行ったと言われています。

「葬式仏教」とは
人の哀しみ、弱みに付け込んだ「葬儀屋」の営業を助ける宗教だと思います。








posted by 大城茂櫻 at 05:12| 新潟 ☀| Comment(0) | 時事,写真.格言。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月14日

お盆 夏季休暇 残暑

「お盆画像」の画像検索結果
コピペ画像a.
コピペ画像a.は全国各地でお馴染みの盆踊り会場の風景です。

オイラの集落では10数年前までは
毎年集落集会場駐車場を開放して「やぐら」が組まれ
盆踊り会が行われていました。

参加者は100人くらいの小規模ながら評判がよかった。
盆踊り会の終わりのイベントで
お馴染みの「抽選会」が特に好評でした。

参加者の多い家族グループが抽選での「当たり」の確立が高いので
当時は、不公平だとか、いろいろな意見が飛び交っていたようでした。
「お盆画像」の画像検索結果
コピペ画像b.

お盆というと「キュウリ」に「ナス」の「馬」型を供えるという
古くからの教えが全国的な定番の「お飾り」のようです。


「お盆画像」の画像検索結果
@ コピペ画像

「お盆画像」の画像検索結果
A コピペ画像

なぜ「キュウリ」と「ナス」なんでしょうか?
出生地が違う事もあって、オイラにはその文化がまったくわかりません。

調べてみたら
やはり仏教行事の習わしの一つでした。

「きゅうり」と「ナス」は全国的な夏野菜の代表なので
昔はどこの家でも農家をしている所が多く、揃えやすかった、という事があったようです。

そしてもう一つ
「精霊馬」という仏教の考え方があったようです。

馬のように早い乗り物であの世からお出でいただき
牛のようにゆっくりこの世のお土産を積んでお帰り頂きたい、
といった事のようです。

「お盆画像」の画像検索結果
B コピペ画像

Bの「きゅり」は馬に乗ってお出でいただく・・・。
   「ナス」はお土産をいっぱい乗せてゆっくり行く牛、と言った風情を
   表している、でしょうか?

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C コピペ画像

「きゅうり」と「ナス」の形もこうなるとかなり現代的ですが
創作意欲のお旺盛な人の作品のようでもあります。

「お盆画像」の画像検索結果
D コピペ画像

現代では「キュウリ」の「馬」よりも
「車」の方が早い、のでしょうね?


「お盆画像」の画像検索結果   「お盆画像」の画像検索結果
E コピペ画像             F コピペ画像

「キュウリ」「ナス現代的な形に進化しています。

「お盆画像」の画像検索結果
G コピペ画像
こちらのお宅では
同じ夏野菜でも今では夏野菜の人気者になっている
「ニガウリ=ゴーヤー」も「盆飾り」に参加しています。

ご先祖様の事を想う、祀るといった素朴な信教は
尊い事だと思います。

しかし「お盆」には「仏教」の考え方に根差した行事が少なくないと
考えられます。

信教の自由、などの難しい理屈は置いといても
あーでなきゃ、こーでないと、といった「拘り」は
例え孫.子でも押し付けない方がいいように思います。

日本人は「仏教」が当たり前、というのは
「イスラム教」の狂信者のような拘りにも似て
人を不愉快にさせる事もあるように思います。

「イワシの頭も信心から」なので
何を信心しようと個人の自由、だと思います。

「信心」の対象作法などを他人に押し付けたり、
他人を不愉快にさせるなどの迷惑をかけるような
行いまで「自由」ではいけない、とオイラは思います。

因みにオイラは
一生一度の人生はどんなに気高く想えても
死んでしまえばすべてお終い、だと考えています。

ご先祖様を想うとか
     お祀りするとかは元気に生きている人が出来る事であって
「死人に口なし」なのです。
  
あの仏教の「教祖」と言われた「仏陀」でさえ、
「私が死んでも葬式葬祭を一切してはならない」と言う
遺言があったそうです。

なのに、ご存知の通り「葬式仏教」とまで言われるような現実があります。

「こころざし」でいいと言われている「お布施」の金額にも相場があるなど
「葬儀葬式」には相当なお金が必要です。

一切まかりならんと言った「仏陀」の「遺言」でも
その「弟子」たちはそれを守らないのです。

「葬儀葬式」のやり方は遺族の考え方次第なのです。

キリスト教には「復活」祭などのお祈りがあるようですが
死者が蘇るというのは
どんなに愛おしい人であってもあり得ないのです。

葬儀葬式の当事者に経済的な「ゆとり」があるのなら
1憶円、10億円の費用をかけるのも自由です。

お金は天下の廻りモノ、
独占していないでどうぞお使いください。

でも残された人の生活に支障がでるような
葬儀葬式は無意味、ムダだと思います。

それでも、世間に「見栄」を張りたい人は、どうぞ盛大におやり下さい。

「戒名」が附けられていない人はあの世で往生出来ない、などの教えは
葬式「仏教」ならではの考え方のいい例だと思います。

「キリスト教」や「イスラム教」に「戒名」と言う考え方が
ある、というハナシは聞いた事がありません。

「いつやるの?今でしょ」の流行言葉には「深〜い」意味があります。
「仏教」だからどうの、という事ではありません。

その「仏教」の教えの中に

●過去を追うな
●未来を待つな
●今を確かに生きよ

というのがあるそうです。

今、と言う時間は永遠に戻って来ることは在りません。
時間は止まらない、止められない、のです。

「気」に成る事は今、やりましょう
元気に生きているからこそ「気」があるのです。

今、やらなくて、いつやるの?

いつか、やれそうに想えるからやっかい、ですね?


若い時は都会で働き、定年になったら田舎へ Uターンしたいという話は沢山聞いた。
しかし 誰も帰ってこない。
それよりも、年老いた親を 都会へ呼ぶケースが多く、田舎は益々寂れる。
     
 本日の歩数16,879歩
「光る日が来ると信じて磨く石」  
                                           松本宗和氏のブログより転載 

















posted by 大城茂櫻 at 06:03| 新潟 ☁| Comment(0) | 時事,写真.格言。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月13日

人口減少 所有権 責任 自由

売り家.JPG
@売り家
不動産会社が管理しているらしい「売家」の看板がシャッターに貼り付けられています。

いわゆる不動産屋の「売物件」に登録してあるようです。
しかし、所有管理の責任は個人、になっているらしく
物件の周りの敷地の雑草がそのまんま、になっています。

雑草にはその地に合ったのが生えてくるので
どんな雑草が増えるのかは分かりません。
「ススキ」らしきのも見えます。

こうした雑草は人間の背丈を超えるのが珍しくありません。

この地は雪国なので冬に成れば積雪で雑草はみんな枯れて
倒れてしまうでしょうが。

廃墟の様相に変わっていくでしょうね。

宅地というのは個人所有が多く、その管理責任も
個人にあります。

その個人の管理の仕方には他人はおろか
「行政」も手が出しにくいと言われています。

そのいい例が「ゴミ屋敷」です。
時々、ニュースやTV.番組で取り上げられていますね。

個人の所有物には他人は勝手に触れられない、という
法律上の所有権の問題があるからです。

他人から見ればタダのゴミでも
使用済みの鼻紙一枚のゴミにもそれを所有している人の権利がある、
という事らしいのです。

そうした事が法律によって国の在りようが成り立つ「法治国家」の
基本的形なのです。

自由とは勝手気まま、であり
民主主義とは俺個人のあらゆる権利を認める、事になっています。

そうした法律主義の元、造られた
「迷惑防止条例」と言う法律があります。

自由と権利を個人が主張する事で
他人がどのように迷惑しているかを
「迷惑防止条例」という法律で判断するのは非常に難しいようです。

上記@の物件のように「売家」になっていれば
なにかと問題がある場合だと「行政」が買い取って処分しろ、と
いう意見もとおるでしょう。

しかし放置された「廃居の家」だと
不届きモノの放火や野生獣の棲み家になって
近隣の家の迷惑になっている場合があります。

それでも
その解体処分などを「所有者」に命じる事が出来ない事が多いようです。

所有する「権利」と管理する「責任」の範囲が、、、
どこまでなのかを「法律」ではっきり示すのが難しいようです。

「法治国家」のなかでややこしいのが「立憲主義」という
難しい理屈がある事だそうです。

法律より重要で優先されなければいけないというのが「憲法」なのだそうです。

「憲法」の精神が活かされていない法律は無効だ、という理論も
あるそうですが難しい理屈なのでオイラには分りません。

「国会議事堂画像」の画像検索結果 「国会議事堂画像」の画像検索結果
コピペ画像                       コピペ画像
上の画像は国会議事堂ですね。
お偉い先生方がワーワー議論して「法律」を作る所だそうです。

お偉い先生とは、私たちの代表であり、
私たちの代わりに議論して法律を作り決める人、なのであって
私たちより偉い人達なワケではありません。

私たちから法律で取り上げた税金がどのように使われるかを議論する
所でもあるはずなのです。

政治に限らず、何かをしようとする時は何かしらの
お金が掛かります、貨幣経済の時代ですから・・・。

なので「政治」とは税金の取り方、使い方のことなのです。

私たちの手元から離れたお金→税金は私のモノではない、かのように
思われてしまっています。

特定の目的以外に使えないという税金もありますが
会社(法人)や個人から取り立てた税金であっても、
政治家が勝手に使っていいというお金ではありません。

こうした税金は
「選挙」で選ばた「人」によって制限されたり活かされたりします。

しかし
「選挙?」、難しいし、分かんないし「カンケーねぇ!」

という人が多いので政治家が好き勝手にする、
ようになってしまうのだと思います。

写真@のように俺の家をどうしようと
勝手だろ、というのと同じでは困りますねぇ...。


若い時は都会で働き、定年になったら田舎へ Uターンしたいという話は沢山聞いた。
しかし 誰も帰ってこない。
それよりも、年老いた親を 都会へ呼ぶケースが多く、田舎は益々寂れる。      

本日の歩数16,879歩
「光る日が来ると信じて磨く石」  
                                       松本宗和氏のブログより転載 







posted by 大城茂櫻 at 06:09| 新潟 ☔| Comment(0) | 時事,写真.格言。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする