2018年09月28日

(2.)問題解決、創造、知能、判断

ロケットではないエル型ロケスト。

人工衛星の「隼」が宇宙の彼方から
目的を果たして自動で帰ってきた事が話題になりました。

今、その進化形の二号機が宇宙を飛んでいるそうです。

「隼」が、どの時点で地球へ戻る事を判断するかについてもプログラミングの一つの行程に過ぎません。

「隼」研究チームの意思を反映したプログラミングが
指示通り地球へ戻れる技術が日本の下町ロケットにもあるのは「ハイテクジャパン」の見本とも言えるでしょうか。

考えられるトラブルの個所がある場合でも
代わりに作動するような設定をしておくとか、自己学習機能というのがあって、

運行途中で不具合が起きても順調に作動していたころの事をコンピューター自らが覚えていて、

不具合を自分で修復する機能もあるそうです。


コンピューターが代わりを勤める職種がどんどん増えていくだろうとも言われています。

つまり人がやっている職業が無くなっていくだろうという事なのです。


現実にタクシーの運転手不足を補うための自動運転技術でタクシーの試験走行が始まった、というニュースがありました。

東京は大手町付近から六本木あたりまでという特別な区間だけの運行ではあるが

1般車両と同じ公道を自動運転のタクシーが走り始めたのです。


江戸時代には人が担いで目的地に行くスタイルの「カゴ屋」がタクシーの始まりだったと考えられます。

馬の背に乗るとか、馬車に乗る、などは特殊なスタイルだったそうです。いずれにしても機械ではありませんでした。

カゴかきという職業がタクシー運転手に代わり、自動運転技術が運転手をた無用にしていく、と考えられます。

昔は車は人が運転していたんだよね、という時代が来るかも知れません。


鉄道の上を走る機関車の時代から道路を走る自動車が発明され、

大量生産されるようになった事で乗用タクシーが日本にも登場したと言われています。

現代は車社会とも言われています。

その車にも当然のように、AI.コンピューター機能が応用され

自動運転になっていくのは自然の成り行きのようです。


<続く>


バーチャルCEO


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2018年09月27日

(1.)問題解決、創造、知能、判断

「人工知能」の画像検索結果

人工頭脳とはコンピュータが出来る能力の一つです。
優れた人工頭脳はなかなか人の質問に的確な反応を示すそうです。
近年は音声での検索が出来たので
キーボード操作が苦手な人でも
この人工頭脳というソフトと会話する事が
出来るようになりました。

かなりの優れものではあるようですが
人工であることに変わりはなく
このコンピュータが勝手に何かをし始める、
という事はないのです。


コンピュータの性能がどれ程良くなっても
人が指示をしないと動かないのがAI.なので
AI.→人工知能に指図される、という事は
あり得ません。

しかし、AI.が人の変わりにいろんな事をしてくれることが多いので

人はあまり考える事をしなくなるのではないかと危惧されています。

ロケットが宇宙へ飛び出す技術は
このようなコンピュータの進化以外には
考えられません。

コンピュータが勝手にロケットをつくり、
ロケットが勝手に動き出す、という事では無いのです。

自動設定というコンピュータへの指示があっても
人が自動運転という選択をして
指示し、命令を出すから動くのです。

どんなに優れた機器でも
その機器の機能に見合った
動きをするようにプログラミングされているから
動くのがコンピューターなのです。

<続く>


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2018年09月26日

圃場、畑、田、たんじゅん農法。

P9230387.JPG P9230388.JPG
@畑の西側。                A畑の東側。

オイラは昨年の秋に放棄されていた畑を借りている。
雑草だらけの畑地の東側に排水溝を掘り、「太陽熱消毒」と同じような
かもマルチ→(たんじゅん農法のリセット)後の耕作を試みています。

降雪の重みの「圧」を加えたマルチをして半年あまり、
今年の初夏にマルチを外し「そば」のタネを播いてみた。

P6140286.JPG

安い未熟堆肥を床にタネを播きその未熟堆肥で
タネを押さえるというとんでもない方法の為に
やせ地でも育つはずの「そば」がまばらに生えた。

「かもマルチ」時の大量有機物がもみ殻だった事もあり
フワフワの土ではタネが根を張り切れず、少しの風で
ほとんどが倒伏してしまう、というおまけもあった。

それらの事とは関係なく畑の西側の隅に
ニガウリ、ゴーヤーの苗を5株植え付けておいた。

こちらも成長具合が悪く実の成りも悪い。
獲れた実は長さ15aくらいのが1個と、小指より小さいのが3個だけ。

グリーンカーテンとしても利用されるくらい
生育旺盛な種なのに良く育てられませんでした。

如何に無肥料でも「そりゃないっす」・・・。

と自分のやり方はーい棚の上にあげて
日照時間が短いせいでは、と
あたりを見回したのが冒頭の写真2点です。

写真@は畑の西側方向
写真Aは畑の東側方向です。

どちらにも小高い山に杉林があって、
畑に陽が当たるのは朝は8時すぎ
夕方は3時過ぎには林の影になる。

合わせて7時間の日照、という事で
オイラの家庭菜園よりは長い日照時間。

と、陽当たりが悪いのは中山間地の宿命と
考え、割り切った栽培方法を考えたいと思う。


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2018年09月25日

瑞穂の国

P9230390.JPG
コンバイン作業中。

一年に一度のコンバイン(稲刈り機)が稼働しています。
新潟県に限らず日本国は瑞穂の国、と形容されるくらい
米作りが盛んです。

米作りができるようになって
日本人は1万年以上も続いた縄文文化を捨てたとも言われています。

こうしたコメ作りとほぼ同時期に
西洋では麦づくりが始まったとも考えられています。

狩猟民族が麦の奴隷になった、という言い方もあります。

そうした言い方によれば、日本人はお米の奴隷になった、
という風にも言えるかと思います。

米の奴隷とは、米が主人という事ですから
生涯をお米の為に暮らし始めたという事でもあります。

そういう風なとらえ方にも1理あるように
思えます。

トラクター、田植え機、コンバイン、軽トラなどの
農機、類は1年に1度の作付け、収穫時以外に使う事は
ありません。

専業農家はそれでも農時が商いとしての「業」が
成り立っているようにも見えます。

実態は農機具の代金の支払いとお米の代金を差し引くと
あまり手元にはお金が残らない農家が多いそうです。

農家はお米作りのためにだけ生きているように
見えるのです。


ある農業指導者が秋の季節に東北地方に出かけた時、
新幹線の車窓の外に見えた風景に改めて気が付かされた事があるそです。

その人は畑作専門の農業指導をしておられた方でした。

その方が電車の窓から見えている
一面黄金色に輝く稲穂の田がつづく風景に感じ入ったそうです。

「日本は瑞穂の国だったんだ...」
この事を機にその方は生涯を稲作の研究に転換したそうです。

瑞穂とは
みずみずしい稲穂のことウィキペディアより。

農業は稲に限らず、大地が相手、自然が相手の商売です。
先生は人ではなく、自然なのです。

稲やキュウリなどの植物の事を教えてくれるのは
自然、なのです。

特に稲の場合は沖縄の一部を除くと
一年に一度の植え付け、収穫しか出来ません。

畑作でもそうですが
農家には「水遣り十年」という諺があるそうです。

植物への水やり管理はそれくらい難しい、という事を指しています。

近年は施設栽培という事で一年を通して
気温や湿度が管理できるハウス施設、でキュウリなどを栽培しています。

そうしたところでは
一年に何度か作付けが出来るそうですが
稲に限っては一年に一度しか植え付けられないのです。

田に水を満たし、代掻きとかの田の土を掻き混ぜ
植え付けの準備に追われます。

畔から水漏れがあると田の水の管理に支障があるので
畔の修理もあります。

田に水を入れたり、抜いたり、
乾かし過ぎないようにとか、水の管理は畑作以上に難しいとも
言われています。

秋になり稲刈りが始まると田園地帯では
あのコンバインのエンジンが動いている
独特の音が`こだま`してきます。
P9230389.JPG
現代は人生100年時代だそうです。
しかし、100年も現役でいられる人は1人もいないのです。

20歳のころから覚え始める田植えの技術も
人が1生に体験できる田植えの回数は
多くて60回しか出来ません。

水回りがどう、こうとかの工夫する事が
出来る回数が60回という事です。

ある種の職人さんが繰り返し作業して
覚える技術はほぼ同じ形なので
一生に繰り返せる作業は少なくとも100数回以上になります。

いっぱい、とか沢山とかの
回数は100が、目安と言われています。

米作りの場合はその100回を繰り返せる人はいない、と言う事なのです。

「蒔かぬ種は生えぬ」と言われまています。

タネを播けば勝手に生えるのは雑草くらいで
畑作、稲作植物はいっぱい人が手を掛けてあげないと
うまく育ってくれいないのです。

自然が相手なので、その手の掛け方が毎年違うのです。
年期の入った篤農家といえど職人さんと同じようにはいかないのです。

篤農家とは
熱心で、研究心に富んだ農業家。
       大辞林第3版の解説
米作りの本家は日本、と言われています。
が、アメリカでもジャポニカ種という日本人好みの
お米が作れるような時代になっているそうです。

日本人の主食はお米の時代ではなくなっていると言われています。

米農家なのに朝食が「パンに牛乳.コーヒー」というような、
食習慣ができているのです。

お米の消費量が減るのは仕方のない事かも知れません。

おまけ写真 ↓
P9230386.JPG
稔りの秋に色づいた山椒の実、と黄色い花。


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2018年09月24日

秋のお彼岸。おはぎ。

ハイビスカス823a.JPG
↑@ハイビスカス。

肉眼で見たこのハイビスカスは、写真よりもう少し、色が透きとおったピンクです。
また違う色のハイビスカスを見つけました。

ハイビスカス、コレクションに一つ追加...。

宇座海浜a.JPG宇座海浜b.JPG
↑A海の色ふたつ。

↑上の写真A二点はカメラのせいではなく、陽の光の違いです。

薄い雲、厚い雲がフィルターになって光の強さを変えて海水にあたり、水の色を変えて見せています。

違う色に写っているはずですが。

宇座海浜c.JPG
↑B休日の海辺...。

9/23は秋分の日、国民祝祭日ですが、お昼時なのに、この海浜には人出はご覧のとおり。


秋分の日は俗に秋のお彼岸。
沖縄にはお彼岸だから、お墓参り...という習慣はありません。

全国で見られるような仏教的な教えが生活習慣の中には在りません。
改めて、沖縄が日本とは異文化の地域だという事を感じます。

沖縄が少数民族としての文化をもっていると、言われる由縁でしょうか


東京暮らしが50年だったせいで、異質なライフスタイル...(休日の過ごし方)を感じる風景です。

「日本は単一民族の国ではないんだなぁ」と改めて思います。

遺伝子的には北海道のアイヌと沖縄はそっくりなのだそうですが。

 今日は2013/9/24に投稿してあった記事に
 手を入れて2018/9/24の日付で再投稿しています。

ハイビスカスは関東地方でも花屋さん、温室植物園でも見られますが
リアルで見られるのは沖縄だからだという事を教えてくれます。

白い砂浜もそうですね。

最近のカレンダーには「お彼岸の中日→秋分の日」が記載されていないのが
あります。15夜と印刷されています。

毎月15夜の日、はあるのに...9月だけ15夜...
陰暦のカレンダーではないので、
カレンダーを制作した人達の思惑、考え方が表れているように思います。

(中秋の名月を15夜いうのは旧暦8月15日だけ、旧暦の9月の名月は13夜という)

 思想信条の自由という憲法ののタテマエでいけば
 「お彼岸」は仏教の歳時なので
 異教徒にはなじめない祝日かも知れません。

 拘らない、という事は人と人との争いを避ける作法ではあります。

 イスラム教徒が日本に旅してきても
 ハラール料理以外は口にしない、という宗教的コダワリは
 オイラには宗教のもつコダワリの危うさを感じます。

↑彼岸花1.                                                    ↑彼岸花2.

 「お彼岸」に「おはぎ」お供えして、お下がりをいただく、
 習慣も、日本人がもつ「拘り」なのでしょうか?

 オイラにはそんな「コダワリ」は全くありませんが。

因みに「お彼岸」は春、秋にありますが、仏前にお供えする
「ぼたもち」「おはぎ」の違いは春と秋に咲く花の違いから
きてているそうです。

そう、春にはボタンの花が咲く、ので「ぼた餅」
秋はハギの花が咲く、から「おはぎ」なのです。

小豆餡あずきあんをまぶしたお餅は一年を通して
「おはぎ」と呼ばれて市販されていますが。


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今日の格言:やってみない限り、成功も100%あり得ない
                〜ウェイン・グレッキー



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2018年09月23日

ヒリリか、ピリリか?

P9220376.JPG P9220377.JPG

「山椒は小粒でもぴりりと辛い」

身体は小さくても能力や技能が非常に優れている事。
組織としての規模は小さくても組織の能力や力量はあなどれない。

などの例えとして使われる諺です。

この場合、ぴりり、ひりり、どちらの表現がいいかという
考えがあります。

辛いスパイスには代表的なトウガラシがあるからです。

トウガラシも山椒も辛い事に変わりはないのですが
辛さの度合い、辛味には違いがあります。

味覚の感覚の言葉としては
そうした違いを表現できるのが日本語の多様さでもあります。

つまり、
「ピリリ」と「ヒリリ」の違いです。

それは「ピ」と「ヒ」の違いだけなのですが
同じでは無いですよ、という意味で使い分けていると言われています。

どちらが正しい、という事ではなく、
こう使い分けた方がいいのでは?という考え方の一つだとも言えるでしょうか。

言葉は文化とも言います。
生活様式などの変化と同じように
生活文化も時代によって変わってきました。

これからも変わってくでしょう。

だとすると、言葉も同様に変わらざるを得ないと思います。
ただ、そうした考え方の中に、
外国では、そういう表現はしない、という言い方が在ります。

グローバル、国際化とか言われているように
外国との付き合いが飛躍的に増えた結果の現象かも知れません。

しかし、例え、英語が堪能だとしても
英語ではこう言う表現をするのだから
日本語でもこう表現するべきではないか、という考え方はどうかと思います。

そうした言葉の言い回しの中に例えば
「私は美味しい、と思います」というのが在ります。

「美味しい」と形容したのだから
思います」とつなげると、重複するのではないか、という考えがあって

「美味しい」「です」と〆る、表現が増えています。

子供達や若い人に多い表現法ですが、年配の方でも
そうした表現をする人がいるのです。

正しい日本語と美しい日本語の境が分らなくなっている時代には
乱れた言葉が飛び交うのも仕方ないのかも知れません。

グローバル(国際化)の時代にあって
国際的に日本の文化が優れていると自慢するのに
「ジャパンアズナンバーワン」と言うのはどうかと思いますが。

それでも日本には
漢字、ひらがな、カタカナという文字文化を作り上げ
ローマ字という不思議な日本語まであるのです。

日本語は世界一難しい国語だと言う人もいますが
言葉は意思が伝わればいい、とは思いません。

俳句などの難しい日本語の表現はどうかと思いますが
この記事の冒頭で触れたように
「ピリリ」と
「ヒリリ」の微妙な感覚の違いがあるのも事実です。

「緑」色という概念が無かった時代の名残りが
現代でも「青」色や「赤」色にも在ります。

言葉が文化であると言われる象徴的な事ではないでしょうか。

緑の草原の事を「青々とした、、、草いきれ・・・」などの表現をする事に
どうして異論が出るのでしょうか。




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2018年09月18日

日記は書くな。

ブログは、日記調にするな、と言われます。

名が知られている芸能人が書いたブログだとキーワードなど気にしなくてもアクセスはあると言われています。

有名タレント、俳優など芸能人が「アレをしました、これを見ました、」などの日記が気になるミーハー達は多いのです。

アカの他人である、フツーの人の生活に興味のある人はいないのです。

アナタは芸能人ではないのです。

芸能ミーハーという言葉があります。

ミーハーとは話題、の人気がある事だとどんなことでも気にしてくれる、ミーちゃんハーちゃん(昔は若い子女に多かったのでミーちゃん、ハーちゃん)という人たちを例えた言葉です。

プロテニスプレイヤーの「大阪なおみ」が優勝して話題になると、帰国してきたのを見るためにわざわざ空港まで出かけて行く奇特な人達のようなのをミーハーと言います。

有名な人になればどんな事をしても人が集まります。どんな事を書いてもブログ記事が読んでもらえるような事なのです。

それを勘違いしたフツーの人がアレをしました。ここに行きましたと言うような事を書いて公開してしまっているのです。

人の気を惹きつけるのは大変です。

それでも、パソコンのキーボードを叩くのが苦手ではない人は、記事を書き続けましょう。

個人,法人のブログの数は五万とあるので、砂漠の中の砂粒のようなモノです。

五万あるブログではあっても、時代に合った、キーワードなどをタイトルにして、そのキーワードを意識して文章を書きつづけていれば必ず、アクセスが、来るようになる、という意見が在ります。

検索していると、そうなんだ、と思える記事、サイトが見つかります。

自己満足のブログでいいと思ってはいても、長く書き続けているうちにアクセスが来る、誰かに読んで欲しいという思いに変わって来ると言われています。

インターネットの世界では、コンテンツ(ブログの中身)に検索している人が期待している情報がないとワンクリックで自分のブログから離れてしまいます。

せっかく訪れてくれた人は、あの銀河の星空の中から望遠鏡で見つけ出してくれたようなモノなのです。

そんな貴重な人に「ん?」と思わせる内容が書くかれていないとワンクリックで離れてしまうのです。

アナタのブログに訪れてくれた人の知りたい事、興味をそそる事が書かれていれば、もしかしたら、お気に入りマークや「いいね」ボタンを押してもらえるかも知れません。

ネットサーファーという人の中には特に知りたい事がない人もいるのです、だから気をひく、という事も大事なのです。

「ブログ」に限らず「タイトル」「ネーミング」は重要です。

単なる調味料メーカーが「味の素」と名乗るようなセンスが必要です。

いくら「タイトル」を工夫しても肝心の記事の中に検索した人の関心事が含まれていないと「クローラー」というロボットがいつの間にか検索順位をぐーんと下げ人の目には留まらなくしてしまうと言われています。

ブログ記事の中身がタイトルのキーワードと関係ないものだと訪れた人が、ワンクリックで離れてしまう現象をロボットは観ているのです。

例えアクセスがあっても本文を読んでもらえなければ苦労してブログを書いた意味がありません

自分のブログが他人に読まれるという事は簡単ではありません。

アクセスが集まりやすいキーワードを拾う努力をして、書き続けていれていれば、文章力が上がり、アクセスはいつか来る、と信じるしかないのです。

誰が、何を調べたいのか、何を知りたいのか、どんな用語、語句で検索をしているのか、という気持ち続けて書いていきましょう。

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2018年09月17日

公道、国.都道府県.市町村。

P9160373.JPG
↑@
人間社会のインフラ、と言われているモノの中には道路が在ります。

簡単に「インフラ」と言ってますが、
インフラとはインフラストラクチャーという英語の略語だそうです。

元の言葉、では余計分からなくってしまいます。

日本語にすると
「社会資本」というのだそうですが
日本語にしても少し難解な言葉ですね。

日本に限りませんが、
戦争で破壊されてしまった建物、橋、道路などを
新しく整備した事で
社会のインフラ整備がほぼ完了した、という
言い方がされています。

山を削り、穴を掘り、橋を架け、道路を舗装するなどの
日本全国、列島改造を詠った
総理大臣が言った通りになっているように
思われます。

特に道路などは
―タリーゼーション、という自動車社会を作るために
道路特定財源という道路を作るためだけに
使える目的税というのがいっぱいありました。

その中には
  • ガソリン税、地方道路税
  • 石油ガス税
  • 自動車取得税
  • 自動車重量税
といった税金で二重三重に取られる仕組みである。
受益者負担、という名目での目的税だったそうです。

この事で有名な例え話で、
母屋でおかゆをすすっているのに
離れでステーキを食べている、と言われていました。

道路特定税金なので道路以外の費用には使えない税金、とされていたからです。

P9160374.JPG P9160375.JPG
↑A                  ↑B

道路には法律で決められた種類があるそうです。
  • 高速自動車国道
  • 一般国道
  • 都道府県道
  • 市町村道
いわゆる公道と言われている道路です。

今日のテーマ、道路。
道路には道路標識があちこちにあります。

写真@は県道が一般国道の指定を受ける事なった事を
記念した石碑です。

一般国道に指定されても
管理責任は国にあるが管理費用の負担は
国と都道府県で分け合う責任があるようです。

その一例が写真Aです。
国道にはそれぞれの路線に番号が振られています。

写真Aの場合は国道290号線です。
国道であることを示す、通には良く知られたオニギリマークの中に
290という数字が在ります。

その標識の柱(道路に埋め込まれたポール)に新潟県という
シールが貼られています。

道路の境界を表示しているポールにも
新潟県の文字でシールが貼られています。

国道なのに何で新潟県、なの?
と思う方がおかしい、のだそうです。

道路の管理責任は国なのだが
管理費を負担する責任は新潟県にも在る、という事なのです。

どこからどこまで負担するかは
分かりません。


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2018年09月16日

拘泥...こだわり.信条。

済み3.JPG

世界の三大宗教と言われている一つに「仏教」が在ります。

キリスト教

イスラム教

仏教

どんな宗教も始まりは新興宗教だったと言われています。

現代の新興宗教にはカルトっぽい危ないのが少なくありません。

カルトってなんでしょうか。

言葉だけの意味だと「祭儀,儀式,崇拝」だそうです。

しかしそれが特定の新興組織になると下記のような世間では通用しない事が行われているのです。

NEVERまとめ」サイトによると

「カルト」の特徴
・指導者に対する崇拝
・欺瞞
・金融面および性的な利用
・絶対的組織の真理や道徳観

などと、記述されています。

日本で知られた組織をあげて見ると、きっとアナタが知っている組織もあるでしょう

  1. 創価学会

  2. 幸福の科学

  3. 世界基督教統一神霊協会

  4. アーレフ(オウム真理教の改名団体)

  5. パーフェクトリバティ教団

  6. サイエントロジー

  7. エホバの証人

  8. 天理教

  9. 成長の家

  10. 霊友会

  11. 法の華三法行

  12. ライフスペース

  13. クリシュナ意識国際協会

  14. 世界真光文明教団

  15. 法輪功

  16. ホームオブハート


人によっては上記の団体の中にはカルト教団、とは信じられない、という事があるかも知れません。

「思想信条の自由」が言われている現代では「指導者に対する崇拝」「絶対的な心理や道徳観」という理念を組織から押し付けられていたとしてもそれを信じている人に文句は言えません。

しかし「欺瞞」「金融面及び性的な利用」という行為は非難されて当然だと思います。人を騙してお金をむしり取ったり、セックスを供用.強要させるなどは論外です。しかしマインドコントロールされた人は平気でそうした行為にハマってしまいます。気をつけたいと思います。

気を付ける、の「気」が非常に大事なのですが、肝心の「気持ち」が病んでいる人は上記のような「欺瞞」「金銭的強要.性の供用」に気づきません。気づかない心の中に付け入るのがカルト教団のうまい所なのです。

困った事に新興宗教の場合、信心している証は新しい人を仲間に入れる、布教にあるといわれているのです。信者を増やす事がその組織の理念を信じている証、とされているからです。

こうした事はカルト教団だけではありません。キリスト教や仏教にもそうした考え方は合った、と言われているのです。

特にキリスト教徒は未開のジャングルの奥地まで行って命の危険を顧みず、キリスト教を教えに行ったと言われているほどです。

ジャングルの奥地に棲んでいたいハダカの住人に衣服を着させたのがキリスト教徒だったとも言われるくらいなのです。未開のジャングルの中でどう暮らそうと自由だと思うのですが、ハダカでいる事が恥ずかしい事だと言う教えが一つの「コダワリ」なのです。

日本では10人に一人はこれらカルト教団の一員になっている、とも言われています。過去にオウム真理教という世間を騒がしたカルト教団がありました。

しかし、似たような宗教団体が名前を変えて存在しています。

オウム真理教に限らず「統一教会」のようにマインドコントロールで結婚を強制されても当然のような意識になってしまうところにカルト教団の怖い所があるのです。

世間を騒がし、殺人罪などで死刑にされたオウム真理教の事を語ると、私達はそうした団体とは違うと、必ず言います。同じだという組織があるはずもありませんが。単純な比較をしてはいけないのです。

日本最大のカルト教団に、自称827万世帯という組織になっているのが「創価学会」という組織が在ります。ここでは「創価学会」が具体的にどうか、という事には触れません。

しかし、あの忌まわしい戦前の日本国では神国日本思想に反するとして「カルト教団」として`弾圧`されていた組織だったという事実があるのです。

そんな組織が現代では選挙になると現代の国を動かしている自民党の手足になって活動していると言われています。

あの忌まわしい国、ニッポンはどういう国だったでのしょうか?。

このブログのタイトルにあるように、コダワリの際たる「神の国ニッポン」という考え方でした。

全体主義がどうとか、国家主義がどう、という以前の問題ではなかったかと思います。

神の国ニッポンでは「欲しがりません、勝つまでは」という国家主義が当たり前の時代でした。

そんなの嫌だよ、と言う人でも国家主義って何よ、という人は少なくありません。

国家主義という思想が分らなくなるところに思想信条の自由という理念の危うさがある、とも言われています。

かつて「イデオロギー」にこだわるな、という言い方がありました。「イデオロギー」とは「思想信条の自由」の裏返しでうまれた「俺には俺の主義がある」という思想を否定的にとらえた考え方でした。

国の方針には黙って従え、と思っている人たちの考え方でもありました。つまり、俺のイデオロギーに従え、という主義でもあったでしょうか。

人は歴史に学ばない、とも言われています。戦前にあった悲惨な事が忌まわしく思われていない、という事に在ります。

若い人たちの中には70数年前アメリカと戦争していた事を知らない人がいるそうです。国の教育の中にそうした事実の記載がないのでしょうか。

学校で教わった事以外は知らない、知ろうとしない、のでしょうか。

70数年前の最大の悲惨な出来事にヒロシマ、ナガサキへの原爆投下、無差別大量兵器の爆撃が在りました。

ヒロシマ、ナガサキ、と二つの地名があるように爆撃機から落とされた爆弾もたった二つ、の兵器でした。たった2個の爆弾で24万人が亡くなりました。その後5年でさらに10万人近くの人が原爆病で亡くなったと言われています。

原爆の投下は公けには戦争を終わらせるため、といわれていますが、違うタイプの原爆の投下実験に使われたというのが歴史の真実だと言われています。その事がほとんど知られていないのです。

国と国との戦争には正義も悪義もありません。どちらも正義を主張しているからです。

正義とはアメリカではチカラの事だそうです。力のある国がチカラのない国をどんなに痛めつけても正義なのです。

アメリカの戦争の歴史はそうした事がほとんどでした。その最たるのがベトナム戦争でした。

あの限られた地域での戦闘でアメリカの国力が疲弊した、と言われたほどです。第二次大戦時に費やした軍事費の2倍以上が使われたとも言われています。

貨幣相場が1ドル360円の時代に変動相場制という概念が持ち込まれたのもそのせいだと考えられています。

現在の円とドルの相場110円という貨幣価値がアメリカの国力の衰えを表していると思います。

日本が強くなったのではありません。アメリカの死の商人たちのもうけ過ぎがアメリカのチカラを小さくしてしまったのです。

つまりアメリカの死の商人たちが国の財産を食いつぶしたのです。

宗教はどんな宗派でも「コダワリ」の塊りです。唯我独尊、自分達が一番正しい、と考えているのが宗教団体なのです。

中近東、の戦争は宗教戦争とも言われています。違う言い方で言えば「拘り」同士の争いなのです。

「人は幸せになるために産まれてきました」という名言があります。

どこかの支配者、権力者の為に生きているのではありません。

たった一度の人生をどう生きるかは本人の自由だとは言え、思わぬ生き方をさせられてしまうのが「思想」「信教」なのだと思います。

私は自由に生きているつもり、でいて、も、いつの間にか自分の意思とは関係なく操作された意識になって自由に生きていない事があるのです。

改めて「思想信条の自由」という事を考えたいと思います。

あなたはホントに自由に生きていますか?


posted by 大城茂櫻 at 00:00| 新潟 ☁| Comment(0) | 人生観 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月13日

水仙、ユリ、彼岸花、野ニラ。

P8210338.JPG

水仙の仲間なのに‘ハダカユリ‘という名前がついています。
我が家の庭の隅で咲いていました。
夏に咲く水仙なのでひときわ目立ちます。
写真の日付は8/21になっています。


「水仙の花」の画像検索結果











こちらはGoogle検索画像の水仙です。
水仙の花色はいろいろですが、花の形がハダカユリとはハッキリ違っています。

ハダカユリは
検索画像の水仙のように葉っぱが見えません。
花が咲き終わった後に葉っぱが出てきます。

曼殊沙華と言われている
秋の彼岸花も同じように地面から一斉に蕾をだし
花が咲きだします。

葉っぱは花が咲き終わった後に出てきます。

水仙の仲間と言われていますが
花の咲く様は彼岸花と同じなので
彼岸花の仲間とも言えるのではないでしょうか。
水仙も彼岸花も、ニラも似たような植物です。
違いは球根の大きさ・・・。

野ニラの球根は小豆/大豆くらいの大きさしかありません。
しかし、野ニラの繁殖力は上の写真のように旺盛です。

米粒ほどの黒い小さいタネが地上に落ちて発芽しています。
そのタネによる繁殖力に野ニラの、生命力を感じます。

植物は子孫を残すのに花を咲かせます。
花にはタネが付きます。

そのタネが立派に発芽してくれないと
繁殖になりません。

なので、球根にも脇芽が出て来る仕組みが
あるようです。

ダブルの子孫繁栄を計っているようです。

彼岸花や水仙にも同じような仕掛けが
あるようで、群生地が各地にあります。

河川の土手に植えつけられた
彼岸花は土手に穴を空けるモグラ除けに
なっているそうです。

彼岸花の球根は毒性が強いので
モグラは球根を食べる事がないそうです。

彼岸花の根っこがある地では
モグラは穴を空けるのを避けると言われています。

球根に限らず葉っぱにも毒性を持たせているのが
水仙です。

80歳過ぎのご婦人が
自宅の庭に生えていた水仙の葉っぱを
野ニラと間違えて食中毒を起こした、
というニュースを見た事があります。

自宅の庭、80過ぎという齢...
でも知らない事がある、という
哀しい現実、があるようです。

春の時季の山菜、
秋の時季のキノコ・・・。

季節の旬のモノを食べてみたい。
古き良き心情のせい、なのかも知れません。

山菜にもキノコにも
知らない種がかなりあります。

スーパーマーケットで売られていない
自然の山菜、キノコには至極、美味しいのがあるそうです。

市販されていないだけに
野山には
知らない山菜、キノコばかりです。

‘君子危うきに近寄らず‘
松茸のような稀少なキノコであっても
命と引き換えるほどのモノではありません。

知ったかぶり、
思い込みで口にするのは止めましょう。

知らないモノには手を出さないのも勇気なのです。

「フグは喰いたし、毒は恐し」
という冒険はしないが一番です。

命は一つ、たった一回きりの地球より重いモノ。
つまらんものを口にして死んではいけません。


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posted by 大城茂櫻 at 04:38| 新潟 ☀| Comment(0) | 自然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする