2017年01月17日

継続 コツコツ 技量技術 

GRP_0009.JPG
↑@ 建築中の東京スカイツリー。
ブログを書いていると時々、ネタに詰まる時がある。
そんなネタ詰まりの時、自分の携帯写真ファイルを覗いていた時目に留まったのが
写真@である。

撮影記録が表示されているのを見ると、2010/10/09になっています。

調べてみると2008/07/14建築工事着工、となっていた。
着工から2年足らずでこの高さまで工事が進んでいた、という事ですね。

記録によると工事の完成が2012/05/22となっています。

写真@の時点でほぼ中間の期間だったようです。
基礎工事が結構時間がかかる、そうですが、展望台から上の完成までに
ほぼ同じ期間日にちがかかったという事になります。

しかし、この手の工事着工から落成までの期間は
建造物そのものだけでは無いようです。

それは用地の確保から敷地周囲の仕上げ整備まで含まれ
正式オープンの日までを勘定に入れている場合がほとんどなので
建造物事態にかかった日時は当事者の記録を観ないと判らないと思われます。

無料のネット百科事典「Wikipedia」による、資料から
気になった点を拾ってみました。
施設建造建築総工費の予算400億円、総事業費500億円...だそうです。

建物にかかった費用が400億円でその他諸々が100億円、という事でしょうか?

ご存知のとおり、テレビの電波がアナログからデジタルに変わる事で
問題になった電波の送信法も変わるためにあの、333mの東京タワーより
高い電波塔が必要、という事で始まった計画だったという。

つまり、戦後文化の象徴のようにも思える「テレビ」の技術が大きく
代わる時に考え出された電波塔ということなようです。

当然、東京にあるテレビ局6社が共同で出資したようです。

しかし、タワー本体の維持管理などの事業主体はテレビ局とは無関係の
「東武鉄道」になっているそうです。

タワーの立地が東武鉄道、浅草駅に近い、という事があっての事だったの
でしょうか?

🗼 東京タワーの高さ333mがぞろ目の数字という事もあって、良く知られています。
東京スカイツリーはその高さの倍である666mにしよう、という案があったそうです。

しかしスカイツリーの立地が羽田空港の滑走路の延長地域にあるため
建造物の高さ制限の法律に触れるため東京タワーより高い建築物は
建てられない、という事情があったようです。

スカイツリー建築設計計画を立てている間に建造物規制の法律が改正された
為に高さ600mを超える計画が真剣に検討されたという。
西暦628年という時代に浅草寺の五重塔を建てる時にその年号に相当する高さの
628mの高さにしようというがあったそうです。

あの時代にそういう発想が出来るほどの建築技術があったの?、と思えます。

スカイツリーの構造設計思想の中に五重塔の建築技術が含まれているというのを
聴いた事があるので在りそうなハナシではあります。

東京タワーが333m
スカイツリーが634m.

建築物の高さでは世界第2位だそうです。
電波塔としてはもちろん、世界1の高さなのです。

では世界1の建造物とは何の何がし、でしょうか?
アラブ首長国連邦にある「ブルジュハリファー」と呼ばれる建物です。

高さは636m/828だという。

かつてドバイタワーとも呼ばれたように
あの中近東のオイルマネーで建てられたとウワサされています。

建物の高さが二つに分かれているのは
厳密にいうところの建造物の高さがどこからどこまでなのかについて
確定した数字で表せないという事情があるようです。

東京スカイツリーの施工建築会社が「大林組」なのに対し、
この「ブルジュハリファー」は世界一の建造物という事もあってか

世界の色々な事業者が関わった、と発表されています。

この超々タワーは
企画は地元の会社
設計がアメリカ
建築会社は韓国、ベルギー、地元の建築会社というJV.(ジョイントベンチャー→共同事業)
建物の設備には地元設備会社、インド、日本...。
というさすがに、国際的な取り組みだったようです。

総工費は80億ドル8000億円(1ドル/100円為替相場の場合)と見込まれていたそうです。
スカイツリーの400億円に対し、桁違いの金額である。

建物の造りが全く違うので単純には比べられません。
636mに対し、828m・・・。

およそ200mにも及ぶ高さの「差」は建築費を桁違いにさせている理由の
一つのようにも思われます。

因みに、東京スカイツリーの高さの634mという高さは
むさし、と読める数字の語呂からきていると言われています。

因みに因みに、江戸時代のある時期までは
隅田川から東の地域は下総の国、(すなわち現在の千葉県)に属していたそうです。

明暦の大火事(振袖火事、丸山火事)の後に武蔵野の国に編入されたという歴史があるための
「武蔵」でもあるようです。

この明暦大火災は堀で囲まれた江戸城の建物まで燃え広がって焼け落ちるほどの
世界3大火災の一つとも言われるくらいの歴史に残る大火災だったそうです。

新潟糸魚川市でもそのような大火災が昨年末にあったばかりです。
火事は怖いですねぇ...。

「焼死」という例のほとんどは
「寝込み」を煙に襲われて逃げ遅れた場合が多いそうです。

ハナシが飛び火してしまいました。

命あってのモノダネ、
万一の場合、逃げ遅れないよう「火災報知器」を取り付けたいと思います。











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posted by 大城茂櫻 at 04:44| 新潟 ⛄| Comment(0) | TrackBack(0) | 農・自給。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月16日

大雪 日本語 言葉 一人称 二人称

P1140006.JPG 私道の雪a.JPG
↑@ 大雪初日の朝。                ↑A 大雪後三日目の私道。
ミニ除雪車が置いてある物置きまで行くのもたいへんな大雪でした。
膝上まである積雪に道をつけるのに、スコップ除雪より
「かんじき」という長靴の下に履く道具をつけたほうが楽かと
新雪を踏みしめて歩いた。

通路にすべく、一歩足を運ぶたびに二度三度踏みしめるのも
意外にしんどい。

体力の衰えを実感しながらの道つくり、でした。(玄関の階段から降りて、およそ6m)

自分で選んで来た「雪国田舎暮らし」なので
誰にも文句は言えません・・・。
↑ オリジナル写真なのだが日付の削除をしてません。
上の写真は見ての通り、秋色ともいえる紅葉時のものです。
(撮影場所は東京の奥多摩、青梅市の郊外)
人生を色に例えると
バラ色がいいね、などという人がいます。

紅葉の色の事を俗に「蒲色かばいろ」という事もあります。
「蒲色」はもっと茶色っぽい、と思いますが...

紅葉狩りなどの言葉があるように
写真のような、モミジ色というのは多くの人に好まれている色ではあると思います。

間もなく蒲色になって地面に散り落ちる儚い、ひと時の色に
人々は魅了されるのかも知れません。

落葉の季節になって寒い冬の前のひと時の秋なので
人生に例えると、たそがれ時齢よわいの老人のようだと考える事もできます。

雪は冬、効用は秋と季節のハナシに触れてきましたが
今日の話題は日本語の言葉、表現法についてです。

このブログに限って「オイラ」という一人称代名詞を、自分の事を指す言葉にしています。
オイラはカタカナですが漢字には「己等」という表現があるそうです。

「おいら」「オイラ」「己等」・・・表現の仕方で
読み手、受けての感じ方が変わりますね。

日本語の一人称代名詞はざっと数えても40以上あるようです。
漢字、ひらがな、カタカナ、ローマ字表現を加えると、実に
40の4倍、160もの表現法がある事になります。

現実には160もの使い分けはされてはいないでしょうが
詳細に数えてみるとある、という事になります。

そして、さらに、ハナシ言葉と書き言葉(文字文章語)もあるので
さらに複雑な表現法がある、という事になる、でしょうか。

アナタ、お前などの二人称代名詞も似たようなものでしょう。

だからと言って、日本のお役人、官僚たちには
英語の「I,MY,ME」に代表されるような単純な表現法に変えたがる傾向が
あるそうです。

いくら「ネット社会」が当たり前になっている、とは言え
経済文化がグローバル、国際化などのために
英語が国際共通語になる事と、独自文化としての言語を放棄していい事には
ならないと思います。

このようにグローバリズムへの反発、反動のために
世界が右傾化、狭い意味での民族主義的な考え方になっていくのは
避けられない事なのかも知れません。

グローバリズムとは
国を超えて地球全体を1共同体としてとらえる考え方。地球主義。

「地球は1家、人類皆兄弟」というキャッチフレーズもあります。

このキャッチフレーズは
グローバリズムのような考え方のように見えますが、狭い民族主義(右翼)の臭いがするのは
オイラだけでしょうか?






posted by 大城茂櫻 at 05:20| 新潟 ⛄| Comment(0) | TrackBack(0) | 農・自給。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月15日

警報 機械 スコップ 除雪

ガレージの屋根a.JPG 車庫の雪a.JPG
↑@ 初雪初日、除雪直後(1/12.13:15)        ↑A 気象庁から大雪警報が出た当日(1/14.16:21)
友人から潰れるぞ!と忠告された車庫の屋根に雪が大量に積もった。

「警報」が出るくらいの積雪の朝に慌てた。

日中も低温(0℃以下)が続いているので波板一枚の屋根上の雪は滑り落ちずに
50a近くになっていた。

にわかに設えた、長い棒で届く範囲の屋根上の雪を落としてみた。
屋根に張り付いているので勝手には落ちてきません。

軒下に足を延ばせば届くのだが、まとまって落ちてきたら敵わないので
止めた。

いずれ落下する軒上の雪を気にしながら、軒下の雪を除雪機で除けた。
今日の雪が降り続けば、屋根上の雪の量が倍になりそう・・・。

と思いながら、NHKニュースをみ見ていたら、「警報」の解除が発表された。

注意報は継続しているが、ひとまず安心・・・。
 P1140010.JPG
ミニな機械なので除雪車が埋まってしまいそうな量の積雪・・・。
このような積雪を見るたびに
「雪をなめんじゃねぇ!」という声が聞こえてきます。

車庫の中に在る「黄色ナンバーのベンツ」が半分ほど雪で埋まっています。

車幅が150aなので最低でもその巾の雪道をつけないと
我が「ベンツ」に乗って買い出しに行くことはできません。

公道は大型の除雪車が稼働しているが、
我が私道はその公道まで100m近くある。
それをミニ除雪機でその道をつけるのはけっこうな労力です。

なんとか、それらしく道をつけてみた。
昨晩から、今朝までの積雪はどうかなったでしょうか?・・・。

どうせなら、雪と遊んじゃいましょう...など考えられません。

我が「大邸宅」の屋根上の積雪も気になる...。
屋根上の雪下ろしの目安にしている部屋の中の「ふすま戸」がまだ
開け閉めできるので、はまだ「雪下ろし」は、いい、かも・・・。

自治体が65歳以上の高齢者だけの家だと
1回分だけは雪下ろし、除雪費用を助成補助してくれるシステムがある。

そんな補助を受ける、申請が認可されているので
屋根上に登る必要はない、・・・。

ただ、1度しかやってもらえないので
ギリギリ、まで「雪下ろし作業申請」を待ったほうがいいらしい。

家が潰れるほどの積雪、にはまだまだ、、、なはずだが・・・。

雪国の家屋は少々の積雪では潰れない造りになっている、という。
木造なので、いよいよ危ない、という時には
建物がきしむ、音がする、という。

きしみ音が出てからでは遅い、と思える・・・。

来週には雨の天気予報があるので、期待しましょう。

「地球温暖化」による雨では、気に成るが、
大袈裟な「地球」より、今の命を凌げないのでは困るのだ。







posted by 大城茂櫻 at 04:55| 新潟 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 農・自給。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月14日

豪雪 積雪 除雪 非生産的

ガレージの屋根a.JPG ガレージの屋根b.JPG
↑ @ 一時除雪後。                A ↑ 除雪後、翌朝。
豪雪地域の積もり方は上の車庫屋根上の雪が証明している。

ななめにしたポリ波板の屋根でも、外気温が低いと簡単には滑り落ちない。
しかし、ほんの1℃だけでも外気温が上がると簡単に滑り落ちる。

だが、今朝は外気温が上がらないので、屋根の雪は降り積もったままだ。

これは天気予報でいうところの、着雪注意報が出された時の状況を
表しています。

着雪注意とは細い電線の上にでも雪が積るくらい雪が軽く、
外気温が0℃以下の時に起きる現象だという。

電線のような細いところにも雪が積るくらいだから、
少々の傾斜の屋根ではなかなか雪は滑り落ちないのでしょう。

このような様子がイメージできるらしい、
友人が、あんな、ちゃちな造りでは積雪で潰れるぞ、と忠告していた。

写真の車庫上の雪の積もった量は正確に計っていないが
20aくらいはあると思われます。

このまま、外気の低温状態が続くと積雪が増えて
その重量で屋根が潰れるおそれは充分にある。

さて、後 何日この低温状況が続くのでしょうか?

雪の降り続き方よりも外気温の上り下りがあるかどうかが
積雪量の変化に影響がある、はずです。

氷点下よりほんの1℃外気温が上がるだけで
ポリ波板に積もった雪は屋根が傾斜しているために
その重さで勝手に、滑り落ちるのです。

理屈ではなく、屋根上の雪が滑り落ちるの現場を何度も見ている。
なので小屋の屋根が潰れる心配はない。

とはいえ、今年の冬の気温は少々、きつい。
外気温が昼間になってもほとんど変化しないのです。

天気予報ではこの先ずっと雪は降り続くようです。

予報ではあるが、ほぼ1週間後には、雨になり、外気温もかなり
高くなるようだから、この車庫はなんとか積雪を凌げるのではないかと思っています。
←道.JPG 道→.JPG
↑ B真っ直ぐ伸びているのが県道。       ↑ C真進方向は市道、小屋の右側の道路は私道。
道路には国道、県道、市町村道とある。
それ以外は私道・・・わたくし道とも言う。

公道である市道と個人の道路である私道は発音が同じなので
個人の道路を「わたくし道」と呼び変えることが多い。

文字表現だとその違いは表現した人が間違えていない限り
市と私の違いを読み違う事はないはずだ。

市道と私道は音が同じである事に変わりはないので
オイラはできるだけ公道、と書くようにしている。

先ほど述べたように同じ公道でも「国」「都道府県」「市町村」という
管理責任の行政機関の違いがある。

どの行政機関が管理しているかが問題になりそう時は
それぞれの行政機関が判るように表現するようにしています。

写真BとCはその違いによって
除雪状況に違いがある場合があるので、その様子を観たところです。

道路上の積雪、除雪の様子の違いは分かりにくい写真ですが
写真Bの建物屋根上の雪と写真Cの小屋の屋根上の雪の様子の違いが
判ると思われます。

冒頭の記事では屋根の作りについて述べている。

写真Cの小屋の屋根はいわゆるブリキ(金属製)の波板でつくられています。
写真Bの建物は公会堂、と物置ですが、瓦製の屋根になっています。

写真Cの小屋の屋根の傾斜はかなりゆるいのに雪が滑り落ちている様子が
写っていますが、判りますか?。

このように、降雪の程度、による影響は道路と建物によって
違いがあるという見本でもあると思います。

昨日のニュースで60代の女性が自宅軒下での除雪作業中に
屋根から滑り落ちた大量の雪に押しつぶされて死亡した事が
報じられていました。

屋根上、屋根下関係なく、雪よる死亡事故は起きているのです。

雪国の人はよく「雪をなめんじゃねぇ・・・」と言うのに、
‘油断‘によって事故を招いてしまう人がいるのです。

道路での交通事故にも雪の影響で起きることは少なくない。
しかし、
自宅、なのに雪による事故があるのは
‘油断‘だけではすまない、何かがある、ようにも思えます。

沖縄にいた頃、仕事場の通路に貯まった大量の雨水を排出する作業をたびたびしていた。
賃金を貰いながらの作業なのだが、いつも「非生産的」作業だなァと思っていた。

雪国新潟ではシンシンと降り積もる雪を放置していると
通路が確保できなくなったり、屋根上の積雪で建物の倒壊という危険が迫ってくる。

適度であっても雪かき、雪下ろし作業自体には何の利益も無いと思う。
しかし通勤などで放置できないので早朝から起き出し、毎日の作業が必要な人もいる。

これも実に「非生産的」作業だと思う。

だけど生活のためにはやらざるを得ない
雪国での生活のためには必要な作業のひとつ、なのだ。

適度ではなく、ヒマだから、運動になるから、とマメにやっている人もいるようだ。
マメな人はどうぞ、お好きに・・・。









posted by 大城茂櫻 at 04:34| 新潟 | Comment(0) | TrackBack(0) | 農・自給。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月13日

雪 除ける 戦い 耐える 

豪雪始まり.JPG 
降り続く・・・。

雪のない正月も「松の内」七草を過ぎたら
豪雪地帯らしい、雪が降りだしてきた。

雪が降り、積もると、屋根の雪下ろしの事が気になり始めます。

毎度のことながら、屋根の上の雪下ろし、を
毎年重ねている地方の人の事を
「バカ」でないの?と嘆く人がいます。

オイラもこの地に住んでいながら、雪下ろしをしながらため息をつく事がある。

東京にいる、友人は
「年寄りが身の程を考えずに屋根の上に上がんじゃねぇ!」
といたわりの言葉をかけてくれた。

毎年どっかで起きる雪下ろしにまつわる落下事故が少なくないからだ。

この落下事故には人間が屋根上から落ちることもあるが
屋根のひさしの下にいて、溶け落ちて来た雪に押しつぶされる事故もあるのです。

物事には程度、というか間とかいうのがある。
屋根下に落ちた雪は柔らかい積雪なはずだが、当たりどころが悪いということがある。

お風呂の中のひざ下程度の量のお湯、水でおぼれ死んだ、という例があるからだ。

「君子危うきに近寄らず」という格言は
君子であるとかないとかだけのハナシではありません。

危険な事には充分すぎるほどの注意が必要だという教えなのです。

屋根上の雪下ろし、の場合は面倒でも命綱をつけて作業してください、と
色んな人から注意を促されている事などはその例でしょう。

ものぐさして、命を落とす、なんてバカげている、と普通は思います。

どんな人でも屋根上から落ちても大丈夫、とは思いません。
しかし、オレは屋根からは落ちない、と思っている人は少なくないのです。

自ら命を絶つ行為を自殺というのだが、
事故死は本人の意識とは別なのです。好むと好まざるを得ず、起きてしまうのです。

危険を避ける、という考え方に「石橋をたたく」というのがあります。
例え、石で出来た丈夫な橋であっても、この橋を通るのはだいじょうぶかな?
という、用心深い考え方の事だと思います。

用心をしていても「事故」は意外な事、ところで起きがちです。
用心ばかりしていては何にもできない、しない、という事になりかねません。
除雪機稼働a.JPG 
↑ 除雪機から雪が飛んでいません。雪を跳ね飛ばす向きを左方向から右方向へ変える操作しているところです。
雪を跳ね上げるプロペラを止めずに飛ばす方向を変える作業ができるのだが
除雪機デビュー間もない初心者には無理です。

下の写真のように右、左と雪を飛ばす方向が簡単に変えられるのです。

雪を飛ばす方向から風が吹いている場合は
操作している機械のところに雪がまともに舞い戻ってきます。

着衣に雪が着いているのはそのためです。

除雪機の操作に悪戦苦闘、というのはこういう事でもありましょうか?
機械の操作は慣れないと、人力のスコップ並みに体力が要が要ります。

お隣の住人は車を自宅脇に寄せる事をしなくてもいいようで
公道脇に立派な屋根付きハウスのガレージ(車庫)を建ててあります。

お隣の屋敷も公道から離れていて、オラん家より屋敷も広いのに...。
なのでか、通路の除雪作業の必要が無いようです。

しかし、家から車庫まで行くには積雪が深くなると
普通では歩けません。

あの、「カンジキ」を履かないと長靴でも歩きにくい事があります。
そのくらいの積雪の日もあります。

長靴だと雪の中を踏みしめて行く、感じです。
しかし「かんじき」を長靴の下に履くと雪の上を歩く、感覚になります。

長靴はどんなに長くても膝上くらいですが
ゴム長胴着は胸元まであります。

しかしそんなので雪道を歩くなんて考えられません。

「かんじき」は雪中歩行器具とでも言えるでしょうか?
「かんじき」を履くことで雪の上にかかる重さが分散するので
雪の中に脚が沈むことがないようです。

雪道を楽に走れるスノーモービルなども
この「かんじき」の原理を応用した車ですね。

スキー場で働く車のひとつに「圧雪車」というのがありますが
キャタピラとも呼ばれている車輪につけられた履帯も「かんじき」の原理と同じようなもの。

7200cc、335馬力というベンツ社製の圧雪機の重量はいかほどなのでしょうか
相当な重さなのに雪の上で楽々作業が出来るのも「かんじき」の原理と同じなのでしょうね。

↓ ネット画像検索で見つけた「かんじき」のいろいろ。↓




「かんじき」の画像検索結果 「かんじき」の画像検索結果 

 
籐、縄製のスタンダードなものから
現代ならではのデザインと素材の「かんじき」がいっぱいあるんですね。




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posted by 大城茂櫻 at 04:30| 新潟 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 農・自給。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月12日

豪雪 本格化 暖.冬.遊.DIY.

本格降雪a.JPG 本格降雪b.JPG
↑ 1/11.9:18                                                      ↑ 1/11.15:13
新年初雪の降りだし時刻。       降りだしから、約6時間後の風景。
このような降雪が三日三晩続くと、除雪機を稼働しないと
自家用車をガレージから引っ張り出すのはまず無理だ。

車庫出入り口だけの雪を除ければ済む、レベルではない。
なにせ、中山間地の田舎なので、お庭は広いし、公道へ通じる私道が100m近い長さである。

スコップ片手にひと汗かけば済む、程度ではないのだ。

雪の降り方次第では除雪した後から、同じ嵩の雪が積るのだ。
新雪ならば、膝の高さを超えない限り、除雪なしでも、車の移動は可能だが。

一度車輪で踏み固めたりした後だと、除雪をしないと
私道を下るのはなんとかなるが、登りになる庭の車庫入りは無理です。

「おめえ、ここの雪をなめんじゃねえぞ...」
おととし、コチラへ越して来た時の「T氏」の声が聞こえる...。

「なめちゃァいないが、様子がわかんない・・・」
でも少し、慣れて来た。

東京に居たころ、雪をなめてる、と思われる光景を時々、見た事がある。

都市部には道路が交差している処が多い、その交差点が立体になっていると
平野部であっても、結構な上りと下りがある。

その、立体交差道路の登り坂で立ち往生した末に、放置されたと思われるクルマを
時々見かけたものです。

関東地方の都市部では一般道路の除雪対策をとっている処は少ない。
雪道の備え(スタドレスタイヤ装着など)をしているクルマも少ない、
なので少しの坂道でも立ち往生するのだ。
出番ち.JPG
という事での我が家の除雪車は出番をまっている。

除雪車用の「ひさし」の出入口にはドアが無い。
少々雪が吹き込んで白くなっている。

除雪車エンジンの上に気休め程度に箱などを置いてはあるが
余り役にたっていない・・・。

除雪車についている紅い箱はエンジンをかけるためのバッテリーboxだ。

バッテリー(蓄電池)寿命をはるかに超えていて、使えない。
取り替えるには「懐」が痛い。

なのでリコイル式紐を引っ張ってエンジンをかけている。
積った雪が無ければ無用の長物である「除雪車」なので蓄電池なし稼働でも充分である。
火遊びa.JPG 火遊びグッズ・.JPG
↑ 手作り薪ストーブ→ロケットストーブ。      ↑写真5.空き缶や羽釜などを再生利用したロケスト。
写真5.の手前側は「Youtube」などで見た、基本に従って加工した薪ストーブである。

ペール缶と呼ばれている
オイルが入っていた空き缶や井戸水ポンプカバー、そして、使われていない
ご飯炊き用の羽釜を逆さにして「ヒートライザー」トップにしたもの。

ストーブの煙道には薪の焚口も含めてステンレス製煙突用の部材を使ってある。

「ロケットストーブ」は
本体の焚口と焚口に通じるエルボと呼ばれる部分付近を徹底保温、断熱をする事で
その働きに格段の違いが出ることです。

焚口などの「ヒートライザー」と呼ばれる周りを保温、断熱することで
薪の燃え方が激しくなる。

激しく燃えた炎と空気が共に煙突方向へ吸い込まれていく時に
「ゴォォォ〜」とロケットの発射音のような音がするから「ロケットストーブ」と
呼ばれている。

ストーブの焚口で、「ゴォォォ〜!」という音がしないようでは
この「ロケットストーブ」の構造、作り方に問題があるのです。

その点写真5.手前側のストーブはやや合格点が附けられるモノになっている。

やや、というのは薪の燃え方にはほとんど問題はないのだが、
羽釜の上、釜のお尻に乗っけたヤカンのお湯がなかななか沸かないのが問題です。

「ネット」で見る限り、
このような「ロケットストーブ」のヒートライザーの上の温度は相当な高温になる
ので5〜10分で水が沸騰している例が多いのだ。

炎との接触距離に問題があるのではないかと考えています。

この「ロケットストーブ」的火遊びに凝っているフアンはけっこういるようです。

「ロケットストーブ」の画像検索で見る限り、
考えられないような細工を施した「ストーブ」が数多くアップされています。

凝り性でなくても凝ってしまうのはオイラだけではないようだ。
もっとも、DIY.=日曜大工的作業が好きでなければできない相談ではありますが。

いずれにしても、このような火遊びにはこれで完成、完結、お終いという事がないようです。

因みに、写真5.の奥側に見えるブリキの波板で囲ってあるのは
レンガを積み上げた本格的ヒートライザーです。

本格的に造ったのに「ロケットストーブ」本来の機能、、、焚口から発生する、はずの
あの「ゴォォォ〜!」という音がほとんど聞かれません。

煙は逆流して小屋の中が煙だらけにはなるし、炎の勢いもよろしくない。
手間ヒマかけた割に、手前側の空き缶ストーブより燃焼能力は劣っているのです。

いろいろに構造を改革、変更したヒートライザーなのに...。

煙突のつなぎ方を少しいじってみて、良くならなければ
せっかくのレンガ積みだが、解体して作り直しをするつもりでいます。

「ロケットストーブ」は奥が深い・・・。








posted by 大城茂櫻 at 05:18| 新潟 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 農・自給。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月11日

太鼓 ツヅミ(鼓)日本 世界

太鼓.JPG
ツヅミ 太鼓 大太鼓・・・?。
カタカナで表すドラムの事を太鼓と訳する場合が多い。

ドラムというと、あの「ベンチャーズ」のメインともいえる 欠かせないバンドのひとつです。
オーケストラでいうところのドラムにはティンパ二ー、もあります。

太鼓には木枠に動物の皮革を張っているのが多いですが、
両面張りと片面張りがあります。

動物の皮革を張るのにほとんどの楽器は紐などで引っ張ってあります。

日本の場合もトップに載せた大太鼓にもなると
紐で革の張りが調整できるようなつくりです。

しかし中小の太鼓は直に皮革を張って鋲止めしてあるのが
和太鼓の最大の特徴になっているようです。

当然この皮革の張り方の違いは太鼓の音質に影響しています。

何がいいとか、悪いとかではなく、太鼓の鼓動、音質の違いの
受け取り方、感じ方の違いによるものなのでしょうか。

そのような皮革の張り方は和太鼓の場合は両面皮革張りなのが普通です。

太鼓の演奏中は片面しか叩かないのに両面に皮革が張ってあるのは
両面に皮革が張ってある場合の音が気にいったこと事。

そして両面ともに叩いて使えるように、という考え方があるのかも知れません。

「太鼓」の種類は世界にはいろいろなのがあります。
日本の太鼓は和太鼓と太鼓に和、という文字を充てているのが
おもしろいですね。

文字通り、太鼓の鼓とはツヅミの事ですね。
ツヅミとは片手で抱えるなどして直に手指で叩いて音を鳴らすのが普通だと思います。

和太鼓を素手で叩くというのは聞いた事がありません。
素手で叩いて音を出すのは太鼓ではなく、ツヅミと呼ばれて区別されています。

沖縄のエイサーで使われている太鼓→ツヅミ→タンバリン、くらいのサイズのモノでも
バチで叩いて音を出しています。

アフリカなどの民族楽器には素手で叩いて音を出している「パンロゴ」という
のがあります。れっきとした太鼓なのにです。

このドラムの面白いところは片面を先が曲がったバチで叩きながら、
同時に素手でも叩いたりすることです。

ドラム本体を両面に皮革を張った紐の絞め具合で
音に強弱をつけて演奏するところは「和太鼓のツヅミ」に似ています。

このパンロゴという太鼓はサイズが日本のツヅミほどの大きさです。

この太鼓は肩ひもで担いで、本体に皮革を張った紐の張り具合を脇で絞めたり緩めたりして音の変化をだせるようになっています。

日本のツヅミは肩の上に載せ、支えた手指でツヅミの紐の張り方に強弱をつけて
音を出す楽器です。

似ている形なのに音の出し方に違いがあるのが面白いですね。

ドラマーがバチで叩くだけではなく、ドラム面をさするような器具で
音質を変えているような感覚ですかね。

楽器は音楽というくらいですから
色々な音を楽しむものなので、味覚と同じように聴覚で覚える感覚は
民族、国民性となって現れるものなんですね。



posted by 大城茂櫻 at 06:06| 新潟 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 農・自給。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月10日

大火 どんど焼き 大正月 小正月

雪のないゆくグニa.JPG 真冬の田んぼ.JPG
↑雪国の暖冬風景。           ↑雪国の暖冬、たんぼの中の▽造形。
積雪目印a.JPG 積雪目印b.JPG
↑積雪、除雪目印ポールa.                        ↑ 積雪、除雪目印ポールb.

わがムラにはかつて、黒川村という名前の自治体行政機関があった。
黒川村の西隣の中条町と合併して新しい「市」になった。

あの平成の大合併時代のブームにつられ、出来た自治体の名が「胎内市」である。

積雪目印用に建てられたポールにその名残りの名前がそのまんまある。
現代はほとんどの自治体は税収が少なくなって予算のやりくりがたいへんだという。

このポールにはそんな自治体の懐具合を感じさせるものがある。

見方によってはモノを大事に使いまわしている、という事もあるが
旧黒川村ではあっても、黒川村の名前はもう存在していないのだ。

そう、硬い事はいいなさんな、ということではあるが、
行政予算の少ない、哀しい自治体の姿が見える風景でもある。

予算が普通にあれば、自治体の合併自体、無かったハナシなのかも知れませんが...。
どんど焼き用茅.JPG
この集落の自治組織の集会所の事を公会堂と呼んでいる。

その公会堂の南側の壁に立てかけてあるのは
「どんど焼き」用の茅、である。

どんど焼き、は全国各地で旧暦の小正月に行われていた行事だそうです。

全国的にも地方によっては「とんど」、「どんど」、「どんだら焼き」、「どんどろ祭り」、「おんべ焼き」、「さいとう焼き」、「ほっけんぎょう」、「三九郎焼き」、「ほじょり」、「ほうじょり」などがあり、東日本では「才の神焼き」、「さいと焼き」東海地方から西日本では「左義長(さぎっちょ)」などいろいろに呼ばれているとか。

<語源>

「どんど焼き」の語源については、火が燃えるのを「尊(とうと)や尊(とうと)」と囃(はや)し立てたことから、その囃し言葉が訛(なま)ったのだとか、どんどん燃える様子からどんどとの名称がついたのだとか言われています

上の写真のような広場や田んぼの中でやるのが安心。

広大な空き地や田畑があり、周りに住宅がない、という条件がないと高く立ち上る

炎は延焼火災の恐れがあるので非常に危険な行事でもあります。


最近も新潟県では糸魚川の大火災があったように

細心の注意を払わないといけない事からこの行事は禁止された時代が

あったそうです。


それでも各地で復活しているところがあるようです。


家内安全、五穀豊穣など厄を払い健康を祈願するなどと

宗教的な行事だったのが、現代ではキャンプファイヤー的楽しみのひとつとして

行われていると言われています。


小正月、と呼ばれる一月十五日は満月の日である。

西洋暦の新暦十五日は満月でない年が多いですが。


1/15が小正月なら1/1は何正月なの?

との突っ込みがありそうです。


そう!、1/15の小正月に対し、1/1は大正月と呼ばれていたのです。

1月の満月の日を小正月としたところに月の巡りを基準に生活していた

時代、を感じさせますね。


なお、この集落では新暦の2月後半の日曜日に

この「どんど焼き」をやります。


昔は同じ集落でも三か所に分かれて行われていたそうです。


今は市役所が音頭をとった「大林組」北陸支店の社員との交流会と言う名の

大手会社社員の慰労会の様な行事になっています。


そんなイベント「カマクラづくり」「雪下ろし」「雪遊び」「交流宴会」の

ひとつとして「どんど焼き」はあるようです。


雪のない冬だと雪遊びの行事ができないので交流会自体、行われないのでは

と心配されます。












このような  



posted by 大城茂櫻 at 05:24| 新潟 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 農・自給。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月08日

飾り 供え 安全 安心

車に鏡餅.JPG
車の中に鏡餅…。

お正月飾りは七草の日まで、という考え方があっても
鏡餅は鏡割り、の日が1/15なので
その日までお供えしたほうがいいのではないでしょうか?

鏡餅の由縁、由来は?
鏡餅の名の通り、大昔の鏡は今の様なガラス製ではありませんでした。

丸い形の銅板を人の顔が映るほどに磨いたものでした。
その形に似せて作ったので鏡餅という考え方があります。

物事を鑑みる、という厳かな言葉から「かんがみ、る」が「かがみ」なった
という考え方もあるそうです。

いずれにしても
お正月をお祝いする事は新しい年を迎えるのに
歳神様がいる、という考え方から産まれたとされています。

いろいろな行事やお飾りはそのような考え方の表し方と言えるでしょうか?。

ですから、地方によって、
日にちや形が違うことがあるのは考え方次第なのです。

全国で決まった形があるように思われているのは
情報の伝わり方が早くなった戦後のテレビを撮影する、見る文化が広がった
せいだと考えられます。

因みに、
現在、ニッポンの領土である、沖縄では
お正月飾り、お供えのひとつである歳神様の魂が入る「鏡餅」は
一般的ではありませんでした。

戦後十数年経った時でも、「鏡餅」は少なくともオイラの村では見た事がありませんでした。
明治政府に支配されるまでは「琉球王国」だったのだから当然ではありますが。

ハナシが逸れてしまいました。

歳神様の魂がこもっていると考えられたお供えの「鏡餅」は
長く、空気にさらされているのでカチカチに固まってしまうのが
普通です。

包丁では切れない場合が多かったので
げんのう、トンカチなどで割らないと歳神様の魂である「鏡餅」を
調理していただくことが出来ない事が多かったそうです。

しかし、歳神様を割る、という言葉は縁起が悪いと言うことから
開く、という呼び方になっているのが現在では普通です。

鏡開きとか鏡割りなどの文化そのものがない国で育ったモノには
割る、という言葉そのものに縁起の良し悪しがあるのは理解できませんでした。

それはそれとして、
そんな「鏡開き」はいつやるのがいいのでしょうか?

これも「歳神様」の在り無しの考え方、同様に
日にちやお供えの仕方も地方によって違うそうです。

お祝いをするお正月は七日までという「松の内」という考え方は
全国共通になっているようです。

しかし「鏡餅」はいつからいつまでお供えするモノなのかは
地方によって違い、宗派によっても違うようです。

一夜飾りはいけないとか
年末がいいとか

松の内を過ぎたら開け(1/07)とか
1/11,1/15,1/20など様々な考え方があるようです。

それら地方の考え方次第なのですね。

「郷に入りては郷に従え」の格言がいいとは思いますが
文化の違いを知らない事には従い方も判らないので、厄介ではあります。

よそ様に迷惑がかからなければ
好きに出来るのが現代の世の中なのであまりこだわらなくていいのかも
知れません。





posted by 大城茂櫻 at 05:56| 新潟 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 農・自給。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月07日

冬の花 山茶花 椿 雪椿、冬椿

冬の花a.JPG 冬の花b.JPG
↑.郵便局の駐車場の植え込みのサザンカ。                 ↑.  サザンカb.
オイラは週に1〜2度12キロ離れた市街地に生活用品の買い出しに行くのが
習慣です。

オラが集落は中山間地にあるので真冬はになると豪雪地域と呼ばれているところ、なのだが
今年は雪がたまに降る程度で、まだ大きく積る事がありません。

少し積もっても東京並みに時々降る雨で溶けてしまいます。
いわゆる氷雨になっていないからなのでしょうか?

時々行く市街地は平野部にあるので、少しはオラが集落よりは
温暖ではあります。

だから、花が咲いているワケではありません。
流行のヒット演歌の歌詞にもなった「サザンカ」は冬の花なのです。

毎年、雪が降ってもしっかり咲きます。
蕾がいっぱいあるのを見ると、まだまだこれから咲く花でもあるようです。
冬の花c.JPG
↑.同じ駐車場の植え込みに白い山茶花もあった。
赤いサザンカとは花の形がハッキリ違います。
単純に色違いだけではないのが面白いですね。

オイラはこうした植物の観察を通して「命の七変化」のサマに
感動を覚えることがあります。
秋の名残りb.JPG 秋の名残りa.JPG
↑.カラス瓜の仲間と思われる実、秋の名残りを感じさせる光景に目を見張りました。
月に2、3回は行っている市街地の郵便局の出入り口の
道路を挟んだ真向いの駐車場の壁に黄色い実が貼り付くようにぶら下がっていた。

駐車場の壁の外側に建ててあるように思われるフェンスは
駐車場の持ち主とは違うのでしょうか?

駐車場は整頓されているのが管理上はいいと思われますが
植物に関心のない管理人だと少し「ウザイ」枯れ草に過ぎないように
思われますが・・・。

白い壁に黄色い実はある種の「アート」にもなっているかも知れません。
枯れ草、枯葉、枯れツルにも「アート」を感じるには相当なセンスが要る、と思います。

オイラはこういうのは好き、だけど・・・。






posted by 大城茂櫻 at 03:51| 新潟 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 農・自給。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする