2018年01月24日

ようこそ

P1132431.JPG 

写真に写っている樹はお隣の杉の樹です。

幹の直径が25pを超える太さの樹なのだが大雪時の雪が湿っていて重かったようでsy。
折れそうになるくらい、しなっています。

我が家の南面にある杉の樹の一部ではこのような雪の重さに耐えきれず
先端部3mくらいから折れて落ちていた杉の樹がありました。

先日の新潟上越地方での電車が立ち往生した時の豪雪はこちら下越地方でも同じような
‘降り‘だったようです。

1/22の東京地方の大雪時の積雪は24pだったそうですが、交通機関が大混乱したようです。
最近の雪は豪雨と同じように一部の限られたところで大降りする傾向があるようです。

雪国の列車が立ち往生して430名もの乗客を閉じ込めてしまった事件は、
「JR.」除雪などの不手際がいろいろと批判されています。

緊急時の対応の仕方に問題が在った事は確かだと思います。

大雪という自然現象が「里雪」と呼ばれるような極端気象(上越地方平野部の一部だけに
集中した豪雪)という事情もあったようです。

一部地域での一時の集中豪雪だったという事を割り引いて考えてみたいと思います。

鉄道用除雪車車輛が着いた後は何の問題もなく立ち往生していた列車が簡単に移動していた映像を見る限り、除雪車輛が到着するまでに半日もかかったという不手際の事実にあきれてしまいました。

列車立ち往生時の乗客同士のかばい合いの事を「美談」として報道しているマスメディアの
事件の取り上げ方に疑問を感じました。

何よりも「JR.」除雪車輛の手配、運用の仕方に重大な欠陥が在った事をほとんど指摘しない報道姿勢が問題だと思いました。

よく、白を黒と言いくるめる、というウソの事が言われます。

白は白、黒は黒と報道するのは事実だから、間違いではないでしょう。
電車内で在った事実が美談として報じられるのはそうした事だと思います。

しかし、列車が立ち往生していなければそうした「美談」など在るはずがなかったのです。

列車の立ち往生事件の原因は「JR.」の単純な不手際にすぎないのです。

自然現象への対応が悪かった事実を伝えず、閉じ込められた乗客の車内での
美談ばかりが強調されていたのはマスメディア、特にテレビ局の
報道合戦の在り方に問題がある、とも思えます。

アメリカの現大統領「トランプ」さんのマスコミ嫌いは良く知られています。

こうしたマスメディアの偏った報道合戦姿勢に問題がある事を具体的に指摘しない所は
「トランプ」さんの問題だと思います。





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posted by 大城茂櫻 at 07:05| 新潟 ☁| Comment(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月12日

結局、雪国・・・

↑1晩で積もった雪がこんな風...。               ↑車庫兼物置小屋の屋根からの落雪その2.

今年は雪が少ないな、と思っていたら、降る時はドカッと降るのが雪国の雪なんですねぇ。

ほったらかして置くと小屋の屋根から落ちた雪が屋根軒先の高さにまでなる。
そうなると屋根上の雪は地上に落ちません。
屋根上にどんどん雪が積って、その重さで小屋は倒壊します。
間違いなく...この作りでは。

そんな様子をブログで見た友人「G」が
「そんな造りでは小屋が潰れるぞ!」

そのとおり、なんです。
屋根上からの落雪は除けないといけないのです。

P1112380.JPG
屋根上の落雪を除けなくても済むような形はこういうの、だそうです。
分かりますか?

屋根の軒先までの高さが最低でも地上高3m以上はないといけないのです。

そして落ちた雪の圧力がかかる壁の強度も強くしてないといけないという事になります。

冒頭に掲載した小屋はそうした造りにしてありません。
除雪作業が必要なのです。

下の写真はその除雪の為に道づくりをした後、除雪したモノです。
↑除雪前                        ↑除雪、アフター。
もう一度上の写真をご覧ください。     
写真の正面に見える茶色の倉庫.建物などはそうした軒が高い造りになっています。
地上では建物側は「落雪、注意」にはなりますが、除雪が要らない造りです。

そうした事が分かっているのに
人家の造りはほとんど雪下ろしの要る瓦屋根になっています。

こちらの人はよ人家はよほど見栄えのする建物の造りが好きなようです。

毎年毎年降り積もる雪は百も承知しているのに
「屋根上雪下ろし」が要る造りの屋根にしてあるのです。

「落雪注意」より「雪下ろし」のほうが「楽」という事なのでしょうか?
分かりません。

もっとも上の建物は住宅よりはずっと後で作られた造りなので
そうした事を承知した造りにしてあるのかもしれません。

つまり、近年になって雪下ろしにかかる手間が大変、という事が
分かったという事になる、のでしょうか?
不思議な事です。

大雪が降っているのを見るたびに思う事です。

「あ〜〜今年も雪下ろしの苦労が待っているんだなぁ・・・」

PC302356.JPG PC302355.JPG
↑年代物の古い家屋2軒。

左の家は茅葺屋根。右の家は
茅葺屋根の上にトタンを被せた屋根。いずれも雪下ろしの要らない造りの屋根です。

色々事情がある、とはいえ、古くからこうした豪雪地域での
屋根上の積雪対策は考えられていたのが分る建物です。

地元の人は毎年の事なので何の苦労も感じていないのかも知れません。
高齢者の住む家屋だと問題がありますね。

オイラは雪下ろしは1度でこりごりなんですが・・・。

因みに、この地域には65歳以上の人だけの世帯には
市役所が雪下ろしにかかる費用を「補助...1シーズン35000円」してくれる
システムが在ります。

自治会区長さんが「雪下ろし費用補助申請」を勧めてくれました。
ですから、今年から屋根上には登らないで済むので安心です。

それにしても雪下ろしの要る造りの屋根は
余計な手間がかかる事を考えさせられます。

PC092306.JPG
↑見かけ重視形のつくりの家の見本。



posted by 大城茂櫻 at 03:41| 新潟 | Comment(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月09日

更新 変化 哲学

「物理学と生物学画像」の画像検索結果 「物理学と生物学画像」の画像検索結果 ←Google検索画像
人には産まれ持った体質というのが在ります。
体質に限らず才能にも個性があると言われています。

その個性のある体質、才能は人それぞれに違います。
人の顔が10人10色と言われているのと同じように違うから
個性と言われています。

人に限りませんが生物は機械道具などの工業的生産物のように
全く同じ性能、性格、姿形というのはありません。

物理化学的には同じモノをコピー生産できないようでは
その技術は本物では無いとさえ言われるのとは違いますね。

アナタの手元にあるコップや湯飲みなどはガラス製や瀬戸物製品すが
全く同じ形のモノが他で市販されているはずです。

そんなコップや湯飲みでも二つと同じ形は無い、と言われているモノに
手造りのガラス、陶器がありますね。

これは形だけの違いなのであって、無機物質としては何の違いもありません。
生物に色々個性があるのとは全く違っています。

生物には遺伝子とかいうのがあるのでその影響でほぼ、似ている事はありますが...。


食糧の中には1升マスほどの量があってもほぼ似た形の粒をしているモノにお米が在ります。

お米は有機物と言われている植物の種子です。
生物としての稲のタネのもみ殻を取り払い、糠.成分を精白加工したのが白米という食品です。

しかし「商品として流通」しているのお米は「玄米」の形で保存されていると言われています。

白米ではなく、玄米での保存、であるところに自然の仕組みに準じた長期保存法、になっていると考えられます。

玄米の表皮である糠部分を取り去らない方がお米本来の風味などを保つように
自然の仕組みが出来ているのです。

食品を市場に流通させるために大事な要件に保存性、というのが在ります。

保存性・・・合成保存料、、、とか言われているあの、保存です。
なぜ保存性を高める必要がある、のでしょうか?

保存性とは日持ちさせる、という事です。
つまり、食品を加工して消費者の手に届けるまでに時間、期間がかかるからです。

食品の保存性を高める手法には色々な事があります。
商品としての缶詰などは古くからある保存方法ですね。

この頃は優れた冷凍機器が造られているおかげで
マグロの急速冷凍という技術もあるそうです。

マイナス60℃という超低温で凍結させる技術だったり
0℃前後の氷温冷蔵とかいって、水分が凍る寸前の低温を長く保つ
冷凍冷蔵技術もあるようです。

こうした技術は発展した物理学の成果と
生物学が上手く合わさったモノと考えられます。

モノが低温だと腐りにくいとか、腐らないとかは
低温、乾燥の程度によって変わるという自然の摂理の一つでもあります。

そうした食品を商品としての保存性を高めるために造られた技術が
冷凍で会ったり熱風間乾燥だったりします。

このような技術の発展は

同業他社よりいいモノを、という競争原理が働く、
資本主義、市場経済の大きなメリットとも言えるでしょうか。

「光のチカラ画像」の画像検索結果 「太陽画像」の画像検索結果Google検索画像
一般の人が出来る大量の長期保存法には「天日干し」と言われている
食品に含まれている水分量を減らす乾燥法があります。

機械による「熱風乾燥法」はお天気に左右されずにいつでも保存加工出来る方法ですが
そうした機器はけっこうな投資金額が要ります。

同じ乾燥法でも天日干しと機械乾燥とでは人が口にした時の味覚に影響が在ります。
そのために両方のいいとこどり、をした色々な乾燥法があるようです。


乾燥した事で食品のもつ薬の効果に変化が起きる事がわかっています。

そうした薬理効果の中には、例えば、天日乾燥を取り入れた干しシイタケの場合
ビタミンDという成分が濃縮変換されるために

●高血圧の改善
●腸内カルシウム吸収力の向上

が、期待されると言われています。



天日干しには太陽の紫外線に当てる、ことで物質が増幅されたり変換されて
人の身体にとってより良い成分になるという効果があるそうです。

紫外線はご存知のとおり、太陽の光に含まれているといわれている
光線の種類、チカラの事です。

仏教の教えの中にある
「見えないけれど在るんだよ」というような「光」のチカラです。

「仏教画像」の画像検索結果Google検索画像

常温常圧で物質の成分が変わるという事実は現代科学では
認められていないそうです。
特殊な手法技術でなければ物質の変換は
起きない、今在る物質、素粒子などは特定(元素として)されている事になっています。

特定されている、という事は例えば、鉄(Fe)の場合その成分は
変化しないモノとしての「元素」という事です。

「鉄」以外でもいろいろな金属を混ぜあわせて造った「合金」などは「高温、高圧」という
自然界ではあり得ないような環境では作り出せないという意味で
変化しないモノ、という事になっています。

宇宙という大自然の仕組みは常に変動している、という事が分かっているのに
変わらないモノ、事があると信じている科学には限界があります。

そうした現代科学では説明が出来にくいのが
近年のインターネットを含むコンピュータの世界の技術進化だと思います。

人工知能「AI.」などには学習能力が在って常に変化している、事実があります。

好むと好まざるに限らず、変化している、変化していくのが自然なのです。
変わらないのは「学者バカ」と言われている専門家のアタマの中身ではないでしょうか?






posted by 大城茂櫻 at 05:45| 新潟 ☔| Comment(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月04日

死生観いろいろ


新年早々、人の生き死にの事を書くのもなんなんだが...。
とある有名人が平均寿命より短い歳で亡くなられたので改めて人の生き死にが
気になったので「死生観」について書いて見ます。
人の生き死にについての考えに「死生観」というのが在ります。
人に限らず命の在りよう、という事ともつながりがある考え方、思想とでもいうのでしょうか。

オイラの先輩にとある仏教の信徒だった人がいて、道路を行列している蟻の子一匹踏みつぶす事に神経質になっているのを見た事がありました。

蟻んこに限りませんが、道路を車で走っていると時々
野生動物が車にはねられたと思われる「死骸」を見る機会がけっこうあります。

生きている時は色々に警戒心などのある動物が絶命すると全く反応が無くなります。
反応が無いから「死骸」と呼ぶのですが、人間の場合、戦争している戦地で倒れた人、の
遺体の事も「遺体」ではなく「死骸」と呼ぶ事も在ります。

人が死んだらまず、死亡診断書を医者に書いてもらわないといけないという法律が在ります。
人の死は医者以外には診断出来ないのが日本の法律です。
人の死を判断するのは警察でも消防でもなくお坊さんでもありません。

お医者さんに死亡診断書を書いてもらわないと人は死んだことにならないという決まりなのです。

昨年、大正末期〜昭和初期ころの生まれと思われる方々の死亡が数多くあったとの報道を耳にしました。
年齢で言うと82.83歳前後の目立つ有名人たちですが。

オイラが気になっていた有名人に「永六輔83歳」「大橋巨泉82歳」「前田武彦82歳」という方がいました。

彼らには名声があってテレビ、ラジオなどでの活動が多かったので記録としての映像は
見る事ができます、でも、生のお顔は二度と拝めない人達です。

人生が2度無いというのは一介の市民でも有名人でも同じです。
天皇陛下や大統領でも一緒ですね。

人は死んで名を遺すという格言が在ります。
先ほど触れた「永六輔」さんなどは流行歌の歌詞の作者でもありました。

「上を向いて歩こう」などの売れた歌謡曲があるので
次の世代に名前が遺ります。人が・・死んで名を遺す、代表的な例でしょうか...。

遺族の孫.子の代に残るのは名声や印税などの資産でしょうか。

名声や資産は残っても本人はいません。「蘇り」なども絶対在りません。
人は死んだら骨は残るが才能は残りません、残せるのは遺作としての形見しか置いていけません。

つまり新作が発表される事は絶対に無くなるのです。

「墓地葬式画像」の画像検索結果 「墓地葬式画像」の画像検索結果 
よく夢枕に立つ、などと言われる事があります。しかし、それは生きている人の
頭脳、意識の中での事なのであって、現実に成る事は無いのです。

少なくとも、命ある身体が蘇って、よくよく供養しないと死んだ後たたって出て来る、というのは無いのです。

供養とは生き残った、遺族の意識がする事なのです。
死人に口なし、とは思いたくないし言いたくもないかも知れません。

遺言とは人が生きていた時の文言なのであって、死者本人が言う言葉ではありません。
だからこそ、あの「仏陀」の遺言が無視されたと考えられています。

仏教の創始者とされる「仏陀」の遺言は
私が死んでも絶対に「葬儀葬式」をしてはならない、というモノだったそうです。

葬式仏教と言われている仏教の創始者が「葬儀葬式」を否定していた、という事は
意外に知られていません。

ビジネスとしての葬式仏教にとって
「葬儀葬式」をするな、という仏陀の遺言が在ったという事実を知られては
困る事情があったのかも知れません。

仏陀ほどの人が
「葬儀葬式」をするな、という遺言が在ったからといって「葬儀葬式」を否定しているのではありません。

今日の「葬儀葬式」が「見栄」の塊りのようなセレモニー、儀式になっている事をひていするののです。
「葬儀葬式」が普通に出来る資金の在る身分、遺族なら納得できる規模の「葬儀葬式」をすればいいと思います。たとえ1憶10億かかっても・・・。

死者との最後の送別なのだからと言っても遺族、身内が生き残って生活するのに支障をきたすような「葬儀葬式」は馬鹿馬鹿しい事だと思うのです。

「墓地葬式画像」の画像検索結果 
オイラのような生き様でなくても現代は少しずつ「葬儀葬式」の
形態が変わり始めている時代ではありますが・・・。

「家族葬」とか「密葬」とか・・・。墓地も「合祀墓」「合同墓」とか...。













posted by 大城茂櫻 at 15:45| 新潟 ☁| Comment(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月25日

火遊び/情報公開。動画有り。

済1.JPG
https://youtu.be/SY6TNyQ19tA>←上記写真の動画はこちらをクリックすると見る事が出来ます。

上掲の「youtube」動画にも解説をしてあります。
このブログでは少し角度を変えて詳しく解説してみたいと思います。

「ロケスト20のウソ」投稿ブログで「ロケットストーブ」の問題点が
20項目もあると指摘しています。

そのブログではDIY.ロケスト投稿のほとんどが、ウソの多い
無責任な情報の垂れ流しだ、と言い切っています。


それはそれとして、「Amazon」で市販されている「焚き火缶」は
その組立方などの動画で構造がしっかり公開されています。
ロケスト原理を活かした「焚き火缶」だそうです。

その構造をみるとロケスト原理がいかにシンプルで簡単なつくりなのかが分かります。
あまりシンプルなのでオイラでもそっくりにDIY.で出来ました。

加工自体は丸い穴開けが少し面倒でしたが、
同じような形に仕上げて見ると
上掲投稿動画通りに何の問題もなく良く燃えています。

良く燃えて、暖かい。
排気煙突と同じ口径の丸い穴からの煙が出て来る事も全くありません。

「ロケスト画像」の画像検索結果 ←Google検索画像

何の問題もない、と言いましたが何も問題が無いワケではありません。

● ロケットストーブの最大のメリットと言われている薪の燃焼消費量が
  従来の薪ストーブより少ないと言うが、良く燃える分、薪の消費が少なくない...。
● 煙突かの先端からはしっかり煙が出る。
● 室内煙突が普通の薪ストーブ並みに高温(火傷するほど)になる

基本的に日本での「ストーブ」の場合は暖房器具なので
暖かくなくては意味がありません。

温かさ、という点については充分です。なにせ「焚き火缶」なのですから。
上の動画ではその「焚き火缶」の排気筒に煙突を繋いであります。

その薪の燃焼熱が煙突を通り抜ける時にかなりの高熱があるので
焚き火缶内の燃焼熱は相当煙突方向に放出しているようです。

普通の薪ストーブ並みの燃料消費性能では薪の燃焼熱がもったいない。

ならばと、煙突をいくつかアップダウンを繰り返す事で
室内での熱回収利用が出来ないかを試してみました。

これだけの煙突の引き回しをしてしまうと
円筒煙突内の「引き→ドラフト」が悪くなるのではと
思ったが問題ないようです。

「煙突画像」の画像検索結果Google画像コピペで分かるように煙突はストーブから上に真っ直ぐ立ち上げるのが原則なのです。

薪のストーブの燃焼時によく1次燃焼とか2次燃焼という事を言っている人がいます。
この「焚き火缶」内の燃焼具合を見ていると同じ開口部からの空気で燃焼しているので
缶内での燃焼は缶内下部と上部とでの連続燃焼のように思われます。

「irukakiss」さんによると「パーライトセメント断熱ロケスト」投稿動画で指摘されているように「焚口とヒートライザー」周りの徹底断熱という考え方が実現されています。

ストーブ燃焼具合の是非のカギはどのように断熱するか、という事ではないかと思えます。

2重煙突や缶周りの断熱で
どれくらい燃焼熱に変化が起きるのかを試して見たいと思っています。

オイラはずっと薪ストーブの問題点はススと木酢液にある、と主張してきた。
ロケットストーブでもそんなススと木酢液は出るのです。
残念ながら完全燃焼していない事をススなどが証明しています。

薪は完全燃焼はしないからという事について
気になるので調べて見ました。

「スス」で検索をすると
例の「ウイキペディア」の項目もヒットしました。

そこでの解説によると高度に発達した現代の自動車でも
厳密には「スス」は排出されているそうです。

つまり、完全燃焼し切れていないのだとか。

ススは炭素ですから石炭の炭の微粒子のようなモノなので
排気ガス中にそのススが含まれているというのは
燃料内の炭素成分が完全燃焼していないという事の証明なのだとも。

色々な触媒を使うなど高度な技術をもってしても
完全燃焼は出来ていないという事なのです。

なので、薪ストーブくらいの燃焼方式では完全燃焼など無理なのです。

「徹底断熱ロケスト画像」の画像検索結果←Google検索画像

しかし、薪が燃えた時に見える炎の色で最終的にどうあるべきかなのかの
参考になる光の色に太陽の光があると思います。

灼熱と言われている「太陽」の光は核融合とか言われている
特殊な燃えかたなので単純な比較は出来ませんが。

煤の付かない薪ストーブ燃焼法式になれば煙突掃除は
要らなくなるはずですが・・・。そうはなっていません。

動物が飯を喰えばうんちが出るのは当たり前、
動物でなくてもエネルギーの完全燃焼消費など自然の中には無いようです。

ロケットストーブでので薪の完全燃焼など無理なハナシなのかも知れません。


「ユーチューバー」という「youtube」閲覧マニアが多くいるそうです。
ネットサーフィンをする人の多くはそのユーチューバーかも知れません。

かつて沖縄の「尖閣諸島」問題が起きた時
「youtube」動画での国家機密公開の是非云々が
大きな話題になった時が在りました。


パソコンやスマホが操作できる人だとだれでも簡単に動画を
アップ、公開出来ることで起きた問題なのかも知れません。

そんな「youtube」ではこんなことまで?という情報も公開されています。

調べものの検索には「Google検索」はとても便利です。
しかし「Google検索」は活字と写真情報がほとんどです。

しかし、「youtube」は動画なので
ホントの一目瞭然という言葉が「ぴったし」の
見た通りに動いている「画像」を見る事ができるサイトなのです。

youtube画像→ 
モノを売る商法に「無料」「フリー」というオファーがあります。
これ以上に強力な手法は無いと言われています。

ロケットストーブトーキョーの「金田氏」の色々な動画を投稿を見ていると、
単なる「火遊びマニア」なのかと思ってしまいます。

その「HP.」をよく見ていると実はしっかりビジネスをしている事が分かります。

現代はIT.ネット情報公開の時代です。

「金田氏」は顔出しの公開動画ですがその動画には閲覧者の
コメント欄があります。
同じ「youtube」動画でもコメントがつけられない投稿もあります。

インターネットには「匿名性」があるので
「名をなのれ!」と言われないのが普通です。

なので心無い人の書き込みがけっこうあるそうです。
そうしたコメントには、なぜかケチをつけている人が多いそうです。

広告のコピーです。

上の広告は「お役所」がそうしたコメントの書き込み方に注意を呼び掛けているモノです。

世の中には信じられないような事をする「アホ」がいるものですが
ネットなどへ書き込みコメントなども「いじめ」と同じような言動になるのです。

「ネット炎上」などはそのいい例かも知れません。

「金田氏」はそんな「アホ」の事は無視した「youtube」公開を続けているようです。
「アホ」には構わないのが鉄則です。

「振り込め詐欺」「オレオレ詐欺」などをする「アホ」は、相当悪質な「頭脳犯」です。
なので無視するだけではいけません。

証拠になるような記録をつくって警察に告発し法律で罰を与えないといけません。


posted by 大城茂櫻 at 03:54| 新潟 ☁| Comment(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月21日

ビフォーアフター...前後。これっきり。

PC092303.JPG   PC212313.JPG
ビフォーアフターとは使用前使用後、というようなの事です。
山林の樹の伐採前と後の事は何と言えばいいのでしょうか?

この写真の右端に立っている杉の樹は記念に残して在る、、、と思っていた...。
しかし、数日後切り倒されていた。上掲写真右。

記念に...伐採しないであった、と思っていたのはオイラだけのようでした。


伐採され山積みされた杉の樹の断面から見える年輪を大雑把に数えて見たら
40数年の年輪がきざまれていました。

と言う事は40数年前のこの地の風景と同じ、という事のようですが、
背景に見える山の姿は違っていたでしょう。

3本杉1.JPG 3本杉2.JPG

我が家へ向かう私道の曲がり角に3本の杉が植わっていた。
それをあっという間に伐倒していて、気が付いたら最後の1本を伐倒作業中だった。

オイラには2度と見る事が出来ない3本杉だだが。
お隣の所有木なので見ているだけです。

せめて伐倒作業は記念に撮影しておこうと思っていたのだが。

カメラの充電池中に伐倒作業が進んでいた。

杉の樹伐倒前1.JPG

森林組合の専門のプロの方です。
大木なので伐採伐倒する方向をしっかり確認しての作業です。

伐倒作業中.JPG

倒す方向に「くさび形」の切込みを入れています。

伐倒前2.JPG

その「くさび形切り込み」の様子・・・。

伐倒直前.JPG

伐採用のユニットを点けた「ユンボ」で不用意な方向に倒れないように支えています。

伐倒後.JPG

伐倒済みの切り株3っつ・・・・。

プロの方が見るとこの切り株面の形でその腕前が分るそうです。
オイラが分かるのは切り株中央部に樹が倒れた方向を示す跡がチェーンソーの歯形水平線で
伺える、くらいでしょうか。


写真の向こう側に国道290号線が左右に走っています。
その様子がよく見えるようになりました。

この方向は我が家からは北西側に位置しています。
日本海方向です。

冬場の寒気の吹雪は北西方向からなので
北風がまともに吹き込むようになる、と思われます。

PC092306.JPG

我が家の北向き玄関...。
この玄関にどれくらいの吹雪が吹き込むかの気になるところです。

家屋の裏側が南斜面です。
樹木が生い茂っているのが分るでしょうか?

今更ながら陽当たりは悪いし、斜面の山からは湿気が流れ込むしで
住環境としては最悪なのだ。

作家の「五木寛之」氏が
「人は雨露が凌げる住まいにいられるだけで充分なのだ」とか
言っているのを聴いた事がありました。

そりゃそうだけど・・・。
と思いつつも、この先がどのくらいオイラの命があるのか分からないが
少なくとも跡を引き継ぐ子息がいないのだから
こんなんで充分なのだ、としましょう・・・。



posted by 大城茂櫻 at 04:28| 新潟 ☔| Comment(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月16日

たら、れば...時間。

「時間管理画像」の画像検索結果
やりたい事リストを紙に毎日書き上げるのを習慣にしましょう。
箇条書きで充分です。
書いた日付も忘れずに・・・。

どうせ書いたところでやりたい事、書いた事など忘れてしまうのだ。
でもだからこそ
記録していればこそ後でその書いた事を思い直してみる時間が持てるのです。

あの日あの時、どうしてやりたいと思ったのかを見直し、
考えるのも悪くない、でしょう。

光陰矢の如し、過ぎた時間は戻ってこない
今ある時間ほど貴重なモノは無いのです。

他に大事なモノが在ると思う人がいたとしても
それは単なる勘違いに過ぎない、
人にはいつか、そのうちという時間は無いのです。
物事には「たら.れば」は無いと言われています。

人生もハナシとしての「たら.れば」はあるが現実には「たら.れば」は起こらないのです。
あの時○○だったら、あの時○○すれば・・・は、無いのです。

何故ならあの時に戻る事など、どんな大金を積んでも出来ない事だからです。
やりたい事が無い人生ってその辺の犬猫以下のレベルなのです。

無駄に時間が過ぎていく事を、もったいない、と思いましょう・・・。

無理にでも今やる事を造って、今やる事を決めて動きましょう。
人は動いてこそ動物なのです。人間なのです。

「運動画像」の画像検索結果 「運動画像」の画像検索結果
動く事の中には頭脳の動きも在ります。
脳トレという言い方には脳細胞を動かす、活性化させるという意味が含まれています。

人間の頭脳は残念ながら加齢、歳をとる事でその働きが弱くなっていくと言われています。
アンチエイジングなどの言い方はその歳を取るという自然の成り行きに逆らう生き方なのです。

何でもかんでも自然の法則に従う事が自然でいいとはという事ではないと思います。
普通に自然に任せる、と言う場合は放置、放任という事の方が多いように思われるからです。

よくも悪しくも自然と人間の関わり合い方は多くの場合自然の法則に逆行するような事が
ほとんどだと思います。

世界の産業革命とかでモノの流通のために車が発明され
道路が造られてきました。

その道路の場合、普通の土のままでは車を走らせるには具合の
悪い事が多かったようです。砂利を敷きつめ、均し鎮圧していました。

車が通る回数が多いほどきれいに均した道路でもいつの間にかデコボコに
なっていきます。

放っておけば置くほどそのデコボコは大きくなってしまいます。
放置する、という事はそういう事です。

大きくなったへこんだ部分に砂利を敷き詰め直しても時期に
デコボコになってしまうのです。

人間は考える動物です。
人間は考えました。
いわゆるアスファルト舗装や、コンクリート舗装という道路です。

「道路画像」の画像検索結果

デコボコになりにくい舗装道路の誕生でした。
しかしアスファルト舗装の道路といえど時期が経つと、ヒビがはいるなど
砂利道ほどではないがいつのまにかデコボコ道になっていくのです。
(それぞれの道路の交通量によってその道路の傷み具合は違っていますが)

人が一たび自然に手を掛けたら定期的に手入れをしないと荒れるのが自然なのです。


日本は国土の割に緑の多いクニだと言われています。
私達の人生の先輩達が苦労の末に植えてきた杉やヒノキなどが山々に繁って
緑の森林があるのだと言われています。

その森が「間伐」などをしないなどのために荒れ始めていると言われています。

「間伐」
野菜などの場合の間引き、と同じような考え方。成長した途中で樹と樹の間を広くとるために
間引く事。
植えた杉などが大きく成長すると大枝が陽の光を遮ってしまうので森が暗くなる。
そのため他の草木が生えるのを妨げている。
杉の根だけでは山林斜面の土が豪雨などの時に崩れ落ちるのを防げない...と言われています。
「宮脇昭氏」の学究に直根型の植物を混植しないと杉などの針葉樹の山林斜面の崩落は防げない事が多いなどの説が在ります。

畑などの平地の場合にもそうした放置放任の結果生じた形が増え始めています。

畑には肥料をやるなどして作物と呼ばれる人間にとって有用と思われる
色々な植物を植え付けてあるので放置はしていません。

そうした人為的作業を続けている事によって無用な雑草が
繁る事を防いでいると言われています。

農業が雑草との戦い、だなどという人がいるくらいですが、
放っておけば雑草の勢いに負けるのです。それが自然、なのです。

いわゆる自然農法というのはそうした雑草も
自然の内、なのだ、という考え方でもありますが。

植物には雑草と栽培作物とに肥料成分の取り合いがあるという理屈が在ります。

そうした理屈だと雑草が茂るのを放っておくのは
雑草に肥料を取られ栽培植物の成長が抑えられてしまう事になるという事に成るでしょう。

事実は違うようです。

確かに放任された自然農法の作物の収穫物には形が不ぞろいで
小さいモノが多い傾向があります。

しかし、立派な収穫物もあるようです。

「自然農法画像」の画像検索結果
自然農法の一つである「たんじゅん農法」は放任放置農法ではありません。

畑の中に栽培植物より雑草が多く生えてしまうのは
自然、というより裸地...何も植えない状態が長い事などでの、やせ地だという事に
原因があるという考え方なのです。

土は地中の微生物と植物の根が造る、という考えがあります。

地中バクテリア、微生物たち自身が餌であり毛細根の残渣有機物も
餌になると考えているのです。

やせ地、というのはそうした働きのバランスが悪くなっている状態の事なのです。

地中に棲んでいる微生物たちは無数という、人が数えきれないほど大量にいます。
目に見えないだけなのです。人はその微生物たちへの餌やりのお手伝いの番人なのです。

番人といえど餌やりなどの仕事はしないといけません。

地中に大量にいる微生物たちの働きには人智を超えた力が在る、と言われています。

「人智を尽くして、天命を待つ」という格言には
何もしないのではなく、人が考えられる事の限りを尽くして、真の天、宇宙、自然のチカラに従う、という事意味があると思います。

「宇宙画像」の画像検索結果

そのためには時間が必要です。
モノ事に「一朝一夕」で形が出来上がるという事はありません。

インターネットなどIT.機器を操作していると瞬間に何事も情報が処理されているような
錯覚に陥りがちです。

人間が作り上げたコンピューターは人工頭脳などと呼ばれるくらいに発達しています。
人間の頭脳のような素早い判断が出来るようになったからです。

素早い、といっても人の脳でも寝起きの時...(蛍光灯のスイッチを入れた時の反応のような)
寝ぼける事が在ります。(個人差があるようですが)

テレビなどの電気製品の場合「待機電力」というのが在ります。
電気製品本体の目に見えない部分に電力、パワーが入力されているのです。

スイッチを入れるとすぐに画面が表示されるのはその待機電力のおかげです。


つまり目に見えない画面の中でいつでもスタンバイできる状態になっている
という事なのです。

こうした事はコンピューターでも同じ状態なのです。

主電源のパワーが入っている時には見えてはいなくても
電気製品は働き続けているのです。

人が眠りについた時に、人間の脳波は休眠状態でも
心臓の鼓動まで止めてはいないのと同じような事だと考えられます。

電気製品なら主電源のパワーが「off」になっていてもパワーを「on」にすれば
復活するのが普通です。

しかし、人の心臓の鼓動を「off」にしてしまうと電気製品のパワー「on」のようには
復活しないのが普通です。

そこが物理学的動作の製品と
生物の身体の仕組みの大きな違いだと思います。

残念ながら、現代の科学ではそうした物理学と生物学の根本的な違いが
認識されていないように思えます。

どんなに科学が進歩しても、人類には「ナノ化」した極小製品や大型ロケットは造れていも
命が宿る「卵」や活きた「菜種粒」などを造る事は出来ないのです。

その成長や活性化のためのお手伝い以上の事は出来ないのです。

「ナノ」
デシ (deci)d 10−10.1tenth1960年
センチ (centi)c 10−20.01hundredth1960年
ミリ (milli)m1000−110−30.001thousandth1960年
マイクロ (micro)μ1000−210−60.000 001millionth1960年
ナノ (nano)n1000−3
↑ウィキペディアページより↑

※上掲写真はすべて「Google」画像検索ページからのコピペです。












posted by 大城茂櫻 at 15:25| 新潟 ☔| Comment(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月10日

時代 諸行無常

PC092303.JPG
ぎおんしょうじゃのかねのこえ                祇園精舎の鐘の声

しょぎょうむじょうのひびきあり     諸行無常の響きあり  

しゃらそうじゅのはなのいろ       沙羅双樹の花の色

じょうしゃひっすいのことわりをあらわす 盛者必衰の理をあらわす

おごれるひともひさしからず       奢れる人も久しからず

ただはるのよのゆめのごとし       唯春の夜の夢の如し

たけきものもついにはほろびぬ      たけき者もついには滅びぬ

ひとえにかぜのまえのちりにおなじ    偏に風の前の塵に同じ

以上の文章は「平家物語」の冒頭文だと言われています。
オイラはなぜか、この8行の一節を暗記していた。

うろ覚えな暗記だったので調べて見たら全文ひらがなで表したページが見つかった。

覚えていた文章が「ひらがな」だけだと原文の意味が理解しにくいと
漢字交じりの現代語訳の文章を並べて表示してみました。


上記のひらがな表記ページが気になったのをコピペ編集してあります。

現代語訳とはいえ、分からない言葉がけっこうあります。
分らない言葉などについて触れて見たいと思います。

「祇園精舎...」鐘の声、とあるがどんなお堂なんでしょうか?

「沙羅双樹の花」...とはどういう花なのでしょうか?
夏椿 夏 椿 花 白 植物 草花 葉 葉っぱ はっぱ 草木 ツバキ 沙羅 シャラノキ 娑羅樹 6月 六月 7月 七月 ツバキ シャラノキ 沙羅双樹←夏椿の花。
沙羅双樹と夏椿は植物分類学では別物だという説もあります。

しかし上記「平家物語」で語られている沙羅双樹は夏椿の事ではないかと言われています。

つまり混同されていた呼び名が有名な「平家物語」の一節で定着したのではないかとも
言われています。
「春の夜の夢...」何となくわかるような気がするが、どんな夢なのでしょうか?

「たけき者も...」猛き者、という意味でしょうか?

「諸行無常」という一文が人の生きている全ての事柄や命の在りよう、の真実をあらわしている言葉に思えてアタマから離れません。

現代科学の考え方には物を形作っている元々になっている物質というのがあって
いろいろな化学記号で表しています。

元素記号とか呼ばれているようですが。

例えば地球上の多い物質に鉄というのがあるそうです。
その鉄の化学記号は「Fe」でしたか...。

そのような元素はそれ以上は分解できない、しない、物質、という事での元素なのだと
言われています。つまり変わらない、と。

その変わらない物質数はハッキリ認められているものが118在ると言われていますが
可能性として他に55の物質が在る、であろうとも予測されているのだとか。

専門家の理屈での予測元素数ではあるにしても
どうして周期表以外の55を合わせて178という具体的な元素数になるのか素人には分りませんね。

「元素周期表」の画像検索結果
この記事の冒頭に掲載した写真は「平家物語」や「元素周期」とは関係ないように
思えます。

ほんとは「ビフォア」「アフター」の写真を並べる予定だったのですが
山林伐採前の写真が撮れていません。

山林などの伐採前後は更地に建物が在るのと無いくらいの違いが在ります。
伐採作業が終わって気が付いた景色の違いに驚いてカメラを向けて見たモノです。

伐採され材木サイズに細断された杉の樹の山と重機・・・。
山林所有者の意思なのか山林角地に一本杉が残されています。

この山林の風景は人為的な作業による変移なのですが、
伐採作業によって杉の苗を植えた時代と同じ風景に戻った、という事でしょうか?

樹が大きくなって隣地に陽影を造っていたのとは大きな違いが在ります。
「杉の木年輪画像」の画像検索結果
日本列島改造と言われていた時代のような様変わりが
ほんの数日で起きるのも「重機」や「エンジンチェーンソー」などの機械あればこそ。

機械工具は人間の頭脳で作られたモノ。
鍬や鎌などと同じような人力の延長なのです。

田植え機やコンバインやなどの稲作機械を否定しては現代生活は成り立ちません。
「人は幸せになるために産まれてきました」と言った
中南米の大統領がいました。

機械工具が人の労苦を和らげ、幸せな時間を作ってくれるなら
利用したいと思います。

「自分の足で歩こう」という哲学は別のハナシだと思います。



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posted by 大城茂櫻 at 03:18| 新潟 ☁| Comment(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月28日

ミーハー 言葉

「ミーハー」の語源...


昭和2年西暦1927年ころに売り出された俳優の林長二郎(長谷川一男)は当時の若い女性たちに大人気だったそうです。そのファンの女子たちに大人気のスイーツ「みつ豆」の「み」と「林長二郎」の「は」をかけた「みーはー」と言うのが「ミーハー」という言葉の始まりだという説が在ります。


他に

良く知られた説で当時の時代には「みねこ」とか「はなこ」など「み.と、は」で始まる名前の女子が多かったことから「みいちゃん、はあちゃん」を合わせて「みーはー」と略した呼び方になったと言う「説」もあるそうです。


さらに
「みいはあ」のことを5線音符の「ドレ.ミファ」にかけたという説。
英語の「Me」ミー、「Her」ハーからきたと言う説。

などいろいろあるようです。


しかし、時代とともに「ミーハー」という言葉の使い方も変わって来ています。

世の中の流行や有名人などの動きに今まで無知だった人が急に有名な人や事柄に熱中しだし、その影響を受け知ったかぶりの行為をする者(特に若い女性)に対しての呼び方になっているとも言われています。

普通にはカタカナの「ミーハー」と書かれているようですが、かつてはひらがなの「みいはあ」「みいはあ族」などと呼んでいた時代もあったそうです。

戦後、テレビが普及し始めた1950年代後半、「一億総白痴化」と呼ばれた時代とほぼ同じころに多く用いられた言葉だという。


「ミーハー」とは、そうした事で趣味や流行に夢中になった教養の低い人の事を軽蔑した言い方だった時代があったと言われています。


特に当時は「ミーハー」は若い女性のことを指していたとも言われていました。


しかし現在では男性でも同じ傾向のある人は「ミーハー」と呼ばれるようになっているようです。


最近では、この「ミーハー」という言葉は、「ある事象に対して世間一般で話題になった事等に何の抵抗もなく無闇に飛びつく」人、全般の事を指す言葉に変わってきているようです。


「ミーハー」という言葉がいわゆる第三者への「蔑称」であった時代のイメージを

もった友人が他人の事を安易に「ミーハー」呼ばわりするのは失礼にあたるから

気を付けた方がいいよと忠告してくれた事がありました。


あれから何年経ったでしょうか、今では、私は「ミーハー」だから、と平気で「ミーハー」を自称する人もいる時代になっています。


言葉の意味は時代の変化で変わって来るというハナシでした。


済.JPG

言葉と言えば

色の言葉の一つに「緑」みどり、というのがあります。


「緑色」という文字に多彩な色のイメージが重ねられていた時代があったそうです。


当時は「緑色」という言葉の中には「青」という色のイメージも含まれていたそうです。(その昔とは結構古い昔の事なのですが)


そんな時代の色のイメージと呼び方の名残りがあって、現代でも草原の事を

青々と繁った草原、という表現をする事があります。


時代が変わっても「青」と呼ぶ、ように変わらない言葉があるんですね。


交通信号機の「赤.青.黄」の呼び方などにもそうした名残りが在るようです。


モノ事を「白.黒」はっきり分けない生活文化が残っているという事なのかもしれません。


玉虫色」と言う表現などにもそうした名残りの文化があると言えると思います。


多彩と言えば、虹色の事を7色に分ける言い方も在りますが、虹の場合はここからここまでが赤だとか青だとかハッキリ分けられるモノではありません。


虹色には多彩な色の変化(グラデーション)変化があるのを承知していても西洋思想では7色と表現する傾向あるようです。


白.黒の区別をはっきりさせたい文化が在るからなのかもしれません。

日本語の中にはあえて「あいまい」とか、ごまかす、とかのファジィーに表現する言葉があるのも日本の文化の一つなのかもしれません。


「言葉は文化」と言われる由縁でもあるでしょうか?


posted by 大城茂櫻 at 06:34| 新潟 ☀| Comment(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月26日

苔 日照 水分

PB132273.JPG PB132278.JPG
の写真は我が家からおよそ2.5km離れた集落の交差点脇の歩道です。
左側が国道の車道、右側に田んぼという所の画像です。


この日の日付が写っていますが、小さくて見えにくいですね。
pc.ファイルに11/13日の撮影、という記録がありました。

PC.はこういう記憶機能が人の頭脳より比べられないくらい優れているんですね。

今日はそういうハナシではありません。
先日、このブログで触れた事があるように思いますが苔のハナシです。

上の画像で紹介した苔は俗称「コンクリート苔」という種類だそうです。
俗称です、学名は分りません。

いずれにしても苔、と言うと半日蔭で湿気を好むという事では
ほとんどの苔に共通した性質だと考えられます。
が、半日陰、というのはそれらの苔たちが生存環境の選択の結果なのであって、
性質ではないようです。

つまり、普通の植物より湿気を好む傾向がある事での、半日陰環境に定着した
と考えられます。
ところが上の画像のコンクリート苔は半日陰どころが
朝〜夕しっかり陽が当たる国道脇の歩道に生えているのです。

街路樹や、建物などは近くにないので日陰になるのは
夕方から朝の日の出まで(日没)の間、つまり、日陰になる時間は全くないのです。

そうした日当たりのよい所で立派な姿を見せています。

米どころ新潟、という事もあるのでこの歩道付近は田園地帯です。
田園、という事は春から秋まで、ほぼ半年以上田んぼには水のある湿地帯という事ですね。

田んぼ廻りにも湿気が多いという事なのかも知れません。
地理的にも日本海側の地方は一年中湿度が高い傾向があると言われています。

そうした地理的環境も苔がよく生えにはいいのかも知れません。

歩道に生えている状況をよく観ると、田んぼ側の土手部分から伸びているようにも
見えます。

湿気は欲しい、太陽の光も欲しい、という性格の苔にはピッタリの
環境なのかも知れません。

植物に限らず、生き物で太陽の光を好まない種類は非常に限られている
とも言われています。
なので「苔」といえども例外ではない、という事のようです。

オイラは「たんじゅん農法」と言うのを家庭菜園規模でテストしているのだが
そうした水分、湿気と水は別ものなのだという「農法」の概念が
非常に気になります。

水分は欲しいのだが、水そのものが欲しいのではない、というのが
陸生植物の性質だと言われています。

稲とか蓮根、あるいは水芭蕉などの
水性植物と普通の畑作植物とは水分の捉え方に大きな違いがあるようです。

盆栽など植物の育て方に慣れている人にはそうした違いはよく分かるようです。

必要な時はたっぷりの水をやるが、水やりをした後の水が根っこの周りに
長い時間ある、という状態、つまり水はけが悪い事は問題なようです。

そんなことを証明している事に花木や野菜など鉢植えにする時に鉢底石といった
水はけ、土の中の湿気を含んだ空気層をしっかり作ってあげる事があります。

栽培植物の水管理には「水やり10年」という教訓があるそうです。
植物に水をあげる量やタイミングなどのコツを覚えるには長い期間の経験
が必要だという事のようです。

という事だからなのか「たんじゅん農法」の場合は農法に転換開始初期から
うまく行っているのは施設栽培「ハウス栽培」の場合が圧倒的に多いそうです。

つまりお天道様の気まぐれな雨に左右されない、水管理が出来るからなのでしょう・・・。

それにしても上記のコンクリート苔ですが、
あまりにフワフワに繁っているので少し剥がして持ち帰ってきました。

園芸用のスコップを片手に、その苔に触れて見ると
歩道のアスファルト舗装路面には張り付いている感じはありませんでした。

路面からはがす、というイメージではなく、そうっとすくい採るという
生え方なのです。(強風が吹くとはがれてしまうのではと思えるほど、ふんわりな...)

このコンクリート苔は余程この環境が気に入っているようです。

ペットの犬猫などがお腹を上にして寝ている(野生動物だとお腹を上にして寝るということは無い、と言われています)
ような無防備?(路面に根付いた感じが無い)な生え方に驚かされました。

その苔のコレクションが下の籠の中身です。
済.JPG










posted by 大城茂櫻 at 05:30| 新潟 ☔| Comment(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする